「暇だな」
「暇だね」
引退した兄弟が開いた酒場は相変わらず続いてはいるが、今日はやたらと暇だった。
「どっちか外出るか」
「だね」
家族経営の気楽なところで、客が来なさそうな日は外で稼ぎに出る。最近は単発の仕事を探すアプリも多いので、隙間に少しでも稼ぎたい立場としては大変便利だった。
「げ」
「なんだよ」
検索をしていたサムが変な声を出したので振り返る。
「隣の店がホール急募だって」
隣も酒場だが、兄弟の店より広くて客の入りもいつもいい。賑わう店の音がこっちにまで聞こえていた。
「儲かってんなあクソ」
「よし、20時から22時で…、と」
同業者を妬んでいたら、応募したらしいサムの声にぎょっとする。
「え、行くのか!?まじで」
「行くよ。近くていいじゃん」
商売敵でもなんでも、金に罪はない。そう言ってサムは本当に19時50分に店を出て行った。
2分後に隣から、
「あんたが来たのか!?」
という店主の声が微かに聞こえた。
まあ驚くよな。
ディーンは頷きつつグラスを磨く。
断られるかもな、と思ったが、どうやら本当に忙しいらしく、サムは返品されてこなかった。
その後も全くもって兄弟の店は暇で、ディーンが配信で映画を一本見終わる頃に、
「ただいま」
とサムが帰ってきた。
「なんかすごく微妙な顔されたよ」
と言いつつ、土産に持たされたという軽食の包みを渡してくる。
「夕飯まだなら食えってさ」
「へえ、ラッキー」
隣の店の奴が来て最初は引かれたが、臨時働きのホール係としては大変役になったらしい。兄貴にも持って行けと言われたそうで、ありがたく受け取る。
「なんか昔、ダイナーのおばちゃんにサンドイッチ持たされたの思い出すな」
「あの時は絶対、父さんが僕らを育児放棄したと疑われてたよね」
全然状況は違うのだが、何となく食べ物をくれる相手の心境は似ている気がする。
もう飲んじまっていいか、とディーンはフリッジを開け、ビールを二本出した。
「こっちはどう?」
「暇だ暇」
「だよねえ」
エンドロールの流れているタブレットを見ながらサムが苦笑する。
食べながらもう今日は店じまいしちまうかと言っていたところに、仕事終わりの隣の店主がやってきた。
「お、今日の最初に客だ」
とディーンが言うと、髭面の店主は顔を顰めて、
「やる気があるならもうちっと看板見やすく出せよ。入り辛えよ」
と苦言だかアドバイスだかをしながらカウンターに座る。
「そう言えば電球が切れかけてたかも」
とサムは外に出ていき、ディーンは
「飯の礼に一杯奢るよ」
と隣の店主に言った。近所とはいえ、まともに会話をしたこともなかったが、臨時で入ったサムの働きぶりは大変お気に召したらしい。
「だいぶ経験ありそうだな」
「まあ、色々やってきてるからね」
考えてみればオフィスワークに単純労働に経験は長い。新しい場所のルールを察して合わせるのにも慣れている。
「俺んとこは昼も営業してる。もし何なら固定時間でシフト入れてもいいぞ」
と言われたが、
「いや、昼は別の仕事をしてるし、うちも日によって忙しさが違うからね」
とサムはあっさり断り、ディーンもうんうんと頷く。
店主はそうだなあ、そういえばあんた昼間はスーツで出かけてるし、時々この辺じゃ見ないような奴がわんさかいるもんな、と納得したように頷く。流石客商売は近所の店の出入りもよく見ている。
近所づきあいもあるのだろう、二、三杯飲んだ隣の店主が
「じゃあな」
と席を立ち、見送った兄弟がさて本当に店を閉めよう、と立ち上がったところで、店の入り口に人影が立った。
「あんたたち、ウィンチェスター兄弟か」
痩せた男が低い声で尋ねてくる。
「看板に書いてあるだろ?」
「教えて欲しいことがあるんだ」
思い詰めたような声に、ディーンはのんびりと
「まあ、二、三杯飲んでから話そうぜ」
と笑ってカウンターを指す。サムはちょっと首を回して「あーあ」と言いながら一度消したラジオを点けた。
薄暗い看板を探して、わざわざ来る訳アリの客は実は絶えないのだ。
という感じに酒場の兄弟は元気にしてます。
[8回]