(果てしなくどうでもいい、前回のいきさつ)
ふーふの呪いかかったサムがいるというのに、ディーンが記憶喪失になりました。
「思い込み呪いのリスク」とか、「思い込みが揺らがされるとショックで死亡」とか、「サミー大好き」とか事情をさっぱり忘れた兄ちゃんは
「こんなに女好きの俺が、野郎の嫁になってるなんて信じらんねー」
と、言い放ち、サムはがっくり来ています。
幸い(?)ディーンを狙った悪魔のおかげで、命の危険を感じたディーンは離婚だか別居だかは諦めて、サムと過ごすようになりました。
(いきさつ終わり)
*****
「元のディーンだったら、真っ赤になって怒りそうだけどね」
近づいてくる幽霊からディーンを庇いつつ、サムが笑った。
「そりゃ悪かったな」
ディーンは憮然とする。
「今のディーンは、心配だから」
サムはそう言って、ここのところ積極的な狩はしようとしない。
それでも今までの行いがよほどよろしかったのか、ディーンが出歩くと、襲われる確率は異様に高い。
身の守り方や対処の仕方を覚えていないディーンは、サムの傍にいざるを得なかった。
最初はディーンに忘れられてしょんぼりしていたサム夫だが、一緒にいる時間が増えると、次第に距離は縮まっていく。
近くにいても、嫌な気はしない。ディーンが嫌がらないとなると、なにせもとがキス魔かつハグ魔だ。
二人の過ごし方は、あっというまに記憶喪失前と大して変わらなくなってきた。
「お前の匂いはわりと好きだな」
幽霊を退治して戻ってきたモーテルで、扉を閉めた途端に『怪我がなくてよかった』と抱き込まれ、胸元でディーンが呟いた。
汗はかいてるし、土ぼこりもひどいけど、それでも振り払う気がしない。ちょっと自分で自分に引きながら、ディーンは相手の背中に腕を回した。
サムが微笑んだ気配がして、
「もっと僕に慣れて」
急がなくていいから
待ってるから。
言葉と一緒に顔中にキスが降ってきた。
ディーンは正直もやもやする。
ナイスバディーのおねーちゃんが大好きな自分だが、どうもこのでかくて偉そうで神経質で、でも妙に可愛げのある男と、もしかしたら本当にどーゆーいきさつだか知らないが、ふーふなんてもんになっちまったってのもあり得るのかも知れない。
ちょっとしょげた時とか笑ったときとかの、ツボに入り具合が半端じゃない。
軽く触れてくるキスは好きだし、でかい身体が懐いてくるのも嫌いじゃない。
どう考えても、尋常なレベルじゃなく、自分はこのでかい男が好きらしい。汗臭い抱擁が嬉しいと思うほど。
(でもなー、やっぱり「じゃあちゃんとふーふとして」って言われると、なんか踏ん切れないもんがあるんだよなあ)
急がなくていいと言われつつ、なんだか思考が焦るのは、
「急がなくていい」という男のセリフが半分くらいは見栄と意地であることを知っているのと、
「待ってる」という言葉の割りに、なんだか「待ちきれません」「まだですか」的な色合いが増してくるサムの瞳にやばさを感じるからだ。
「そうだ、俺とお前の思い出の場所とかないのか?」
モーテルで買ってきた夕飯を食べながら聞いてみる。
我ながらいい考えだと思ったのだが、サムはちょっと眉を下げた。
「僕たちはずっと狩りをしながら旅してるからなあ・・印象に残るっていうと狩り関係の場所になっちゃうよ?」
「いいじゃねえか、それでも。どうせ新しい仕事しないんだったら、俺の記憶発掘に協力しろよ」
言うと、サムはもちろんいいよ、と頷いた。
翌日はインパラをとばしてドライブデート。最近狩をした場所をたどってみる。
「ほら、あの家の窓 割れてるだろ?ディーンがあの窓から落っこちて、肩打ったんだよ」
「一番最近掘り返した墓だよ。遺体を燃やす直前に霊が追いかけてきたんだけど、その姿がすごくって、ディーンは逃げながら『どろどろアンドロイド娘だー!』って叫んでた。」
「その前の狩がこのビル地下。ねずみがうじゃうじゃいて、ディーンは足から駆け上がられてたよ」
「・・・・・ろくな思い出がないことはわかった」
だいたい“どろどろアンドロイド娘”ってなんだ。
ディーンがしみじみ助手席で呟くと、サムがごめんね、としょげた。
「なんかもっと明るいお気に入りの場所とかねーの?」
そうだなあ、とサムは呟く。
「ディーンは映画が凄く好きだったよ。映画館行ってみようか」
「お、いいな」
しばらく走ってみたが、近所に映画館がないのでポップコーンとビールを買い込んでモーテルのテレビでの映画鑑賞にする。
奇しくもその日ボビーが様子を見にやってきた。
しばらくソファーでペタペタくっつきながらテレビ画面に釘付けになっている兄弟(今は双方夫婦と思っている)を見ていたが、宙を睨んで何か考え込んだ後、
「まあ、無理せず仲良くやれ」
と、よくあるセリフなのになぜか搾り出すように言ってディーンの肩を叩き、帰っていった。
そうこうしているうち、ディーンの記憶はめでたく戻った。
「うおーー、危なかったぜいろいろと・・・」
あともうちょっと、小さいサミーとダッドのことを忘れて過ごしてたら、真剣にやばかった。色々と。
洗面台でうっかり噛まれた首の痕を見て、ディーンは冷や汗をかく。
「うーん。その困ったような怒ったような顔見ると、もとのディーンだなあって思うよ」
相変わらず呪われたままの弟は、兄の苦労と冷や汗を知らずにニコニコ笑っている。
「いつもしけた顔で悪かったな」
「馬鹿だな。」
毒づいた途端に、ぎゅうううっとハグされた。
「ディーンがどうなっても愛してるけど、もとのディーンが1番に決まってる」
「・・あー、そう」
「戻ってくれてよかった」
(ぜひ、正気に返っても時々お兄様にそういう言葉を言って欲しいもんだ)
ディーンはでかい肩を宥めるようにポンポンと叩きながら、うっかりほだされそうになってきた自分を、いかんいかんと引き締めた。
『戻ったか』
「ああ。ボビーにも心配かけたな」
毎度ながら神経に堪えるようなものを見せたボビーに報告電話をする。
『いっそ兄弟なことを忘れた方が、サムが満足する方向に行くかと思ったんだが、そうもいかなかったなあ』
「俺も、気がついたらサムが正気に返ってたら楽だったのにと思った」
『上手くいかんな』
「いかねえなあ・・・」
電話のあちらとこちらで、同時にため息をつく。
でも、サムは、しかめ面でももとの俺がいいんだとさ
言いかけて、ディーンはそれがまったくもってノロケにしか聞こえないことに気付いて、口をつぐんだのだった。
おしまい