ウィンチェスター家はハンター稼業だ。
基本的に家族だけで狩をする。必要なら同業者の手を借りることもあるが、なるべく自助努力するのが当然だった。いちいち外部に協力依頼していたら謝礼がかさんで仕方ないし、リスクが大きい仕事なので面倒が多い。
だから家族は協力して穴も掘るし、FBIの振りもするし、小道具も作るし、とにかく狩りに関わる全般を家族で賄う。だから「若い女だけ狙う魔物」が出たときなども昔から家族内で何とかしてきた。
「こっちは用意いいぞ」
どすどすと足音をさせてディーンがリビングを横切る。大股で歩くので紺地にピンクの小花プリントのスカートが風でも吹いたように広がった。もう少しで周囲の物をなぎ倒しそうだ。
「こっちもいいよ」
タイトスカートに網タイツにヒール姿のサムが、難しい顔をして腕時計の時刻を合わせている。もともと190を越えているところに5センチ程度とはいえヒールを履くものだからその存在感は巨大だ。二人ともファンデーションと口紅・アイラインなどのメイクは済ませていたが、かつらは暑いのでぎりぎりまで被っていなかった。
「…大きくなったもんだな…」
銃の用意をしながらしみじみとボビーが呟いた(他人なのだが何となく家族内にカウントされている)のに、ジョンが無言で頷いた。
まだまだ小さかった息子たちにかつらとワンピースを着せてみたら、見事に魔物が釣れてしまった数年前から、本当に大きくなった。
「子供たちを囮にする気なの」
と最初恐ろしい形相でジョンを締め上げたメアリーが、
「本当に大きくなったわよねえ」
と微笑むほどに息子たちは二人ともすくすく大きくなった。ウィンチェスター家のクローゼットの一角は、息子たち用の女装用品一式が大きなスペースを占めている。体形に合わせて用意する服も大きくなるので、そのスペースは年々拡大するばかりだ。
学生、ビジネスウーマン、シスター、ナース、街娼、何でもござれだ。
2年に1回くらいは女性が狙われやすいケースがあるので、二人ともコンスタントに経験を積み、着替えやメイクは手慣れたものだ。だがしかし。
「すげえなそのメイク」
自毛に合わせてダークブロンドのかつらを被りながらディーンがしみじみとサムを見ながら言った。女装するにしてもタイプを分けることにしたので、「派手系」のサムは気合を入れて顔を塗っている。アイシャドウのラメがきらきら光った。
「どうやったんだよそのまつ毛」
「つけまつ毛。二重に重ねた」
「うお、どおりでバッサバサだと思った。落ちねえのか」
「接着剤つけてるからね」
「へええ」
「ディーンの靴は上手いことなってるね」
「おう」
答えるディーンのスカートから覗く足首部分は黒いタイツ、靴は同じく黒いスニーカーだ。ことが起こったらヒールのサムより格段に動きやすい。
平時には全く女装趣味などない二人だが、職業モードになっている今はスキル向上に余念がない。
だがしかし、いかにスキルが上がろうが、絶対的な体積がとにかく増えている。
「ま、そろそろ限界かもな」
鏡で二人並んで仕上がりを見ながらディーンがつくづくと言った。
「そりゃあね」
派手系のサムといい、清楚系のディーンといい、平時の目で見たら視覚への暴力だ。
「よし、行くぞ」
ジョンの声で車に乗り込む。ご近所に視覚的ショックを与えてはいけないので、ボビーが裏口に車を回してくれた。
だがしかし、幽霊の判断基準は人間と違うのか、ちゃんとサムにおびき出されて出てきてくれたので、今回も何とかなってしまった。幽霊の女性の判断基準は霊界何故なに不思議百科だ。
自分が狩りに出ても釣られてこなかったのに、なぜ息子たちには釣られてくるのだろう、とメアリ―はちょっとばかりモヤモヤしたが、髭だけそってワンピースを着ただけのジョンのところに出てこなかっただけましだ、と自分を納得させるのだった。
終わる
sさんすまん。一発書きなので女装描写をちゃんとしてないわ。
[18回]