眠れずにいたサムは、そっと部屋の扉が開けられたのに気付いた。入ってきた背の高い人影がディーンだと分かった瞬間にとっさに目を閉じる。影がベッドの脇に立ち、乾いた手がサムの頬に触れて、柔らかく撫でた。
「サム」
昼間の喧嘩が嘘のように甘く優しい声に、寝たふりが早々にばれていることを知り、だがサムは目を開けなかった。くだらない喧嘩でもまだサムは腹を立てていたし、目を開けて相手を見てしまったらきっと抱き寄せざるを得ないことになり、そしてなし崩しに昼間の怒りをうやむやにされてしまうのが癪だった。
「サム?」
反応しないでいると、少し心細そうになる声にサムは気分が良くなる。
だが、その後続いた間に目を開けると、影はもうベッドから離れて部屋を出ていくところだった。音もなく扉が閉まる。
(なんなんだ)
強制的仲直りに来たのかと思いきや妙に素早すぎる去り方にサムはちょっと呆然とする。
だがもちろん後を追いかけるのは論外なので、また目を閉じる。ディーンの方が喧嘩の後折れてきたことで(そしてそれに簡単にほだされなかったことで)ちょっと胸がすいていた。
だが翌朝。
「出ていった?」
交代時間きっかりに起きだしたサムは、ディーンが部屋を出るどころか「別行動する」とシャトルで飛び出して行ってしまったことを知る。
「なんで!?」
仰天するサムに操縦席のベニーが不愛想に言う。
「あいつが謝りに行ったのにお前がシカトしたんだろ」
「えええええ」
サムにも言い分があるのだが、ベニーはいつも8:2で兄サイドなので言っても無駄だと思いだす。というか兄が単独行動するのならいかにもついて行きそうなのに、なんで残ってるんだろう。
「俺と二人で行くと、お前がまたアホな勘違いするからだと」
冗談じゃねえ、とベニーはぶつぶつ言いながら航路をチェックしている。
「別行動ってなに」
「次の調査ポイントは奴が行くから、こっちはその次に行けとよ」
「なにそれ」
「確かにその方が効率はいいけどな」
「何もなければだろ」
恐ろしいのは兄のディーンの場合、機嫌を悪くして一日二日船を飛び出すどころではなく、やろうと思えばそのまま普通に一本立ちできてしまう能力と人脈があることだ。過去にも何回か同じようなことがあった。元の鞘に収まるのにどれだけ苦労したことか。
「カリカリすんじゃねえよ。痴話げんかに巻き込まれていい迷惑だ」
うんざりしたように言われて言葉に詰まる。
確かに自分から部屋に来たディーンに対して寝たふりをしたが、だがしかし自分も怒っていたのだし、あっさり色仕掛け(だと思う)に乗るのも癪だった。
「シカトって言ったって、ディーンも何も言わなかったし。入れてほしいなら入れてって言えばいいじゃないか」
自分が近づけば、サムが抱かずにいられないと、たかをくくっているのが気に食わない。だが、
「お前な。そう露骨に言うんじゃねえよ」
ベニーの嫌そうな声に数秒考え、そして誤解されたことに気が付いた。
「何言ってんだ馬鹿、違う!入れてってシーツにだ。シーツの中にってことだ」
誰がいきなりそんな下ネタ言うかというのだ。だがベニーはサムの抗議に対して、
「どうせ何分かすりゃ同じことだろうが」
と嫌そうな顔で言い、否定できなくてサムはむっと口をむすんだ。
いらいらしてどこにいるか分からないシャトルとの通信回線を開く。そして、
「なにいきなり飛び出すんだ馬鹿兄貴!さっさと帰ってこい!!」
と怒鳴った。
だが、シャトルとの単独通信のはずが、うっかり全体向け発信になっていたらしい。数秒後から
『うるさい』
『黙れ馬鹿』
『痴話げんかはよそでやれ』
『何回やってんだ迷惑だ』
といったハンター達からの罵詈雑言で通信が溢れかえることになった。
『なにいきなり飛び出すんだ馬鹿兄貴。さっさと帰ってこい!』
弟のヒステリー通信を受信したディーンは進路を見たまま口の端を上げて笑った。
ムカついて飛び出したが、今の醜態で2割くらいは溜飲が下がった気がする。
「サムが心配しているぞ」
ひょい、と久しぶりに出てきた天使に軽く笑いかける。
「させとけ。いい気味だ」
「君も心配では?」
「ベニーが付いてるから大丈夫だ」
元々ディーンは単独行動が嫌いでないし、スキルも十分ある。
「手伝おうか」
「大丈夫だって。お前を引っ張るとバル公がまたごねるだろ」
カスティエルのパートナーは同じく天使のバルサザールだ。双方天使としての地位は高くないが、組むことで数倍の稼働力を出す。
「いいんだ」
弟のちょっとした素振りにまで、あれこれ思い悩む自分が気持ちが悪い。同じ空間にいながら気にしないでいるのはディーンには不可能だった。だが、離れることはできる。それは苦ではないのだ。
心配そうにしているカスティエルに手を振って戻らせ、調査のデータを出そうとしたところで通信が鳴る。
『おい、弟が止めろっつっても広域放送で家出妻探してて鬱陶しいぞ』
顔なじみの苦情にけっと笑う。
「知らねえよ。止めたきゃ本人に言え」
縋るような気持で名前を呼び、反応しかけたサムが明らかにわざと目を閉じたときの情けない動揺など、誰にも分って欲しくなどなかった。
宇宙関係なく終わりますよ。
やってることは地上のモーテルと同じですが、背景は宇宙空間なんです。
宇宙―のうーみーは~、お~れ~~の~う~み~~♪ って感じなんです。
本日は「いい兄さんの日」だったんですが、まったく関係ない内容になりましたね。
でもアラブの王子でも部長でも幼馴染でもなく兄だから!
[21回]