「どうした、随分と落ち込んでるみたいだが」
常連客に指摘されて、サムは密かに凹んだ。自分では顔に出さずに仕事をしているつもりだったからだ。
「ばれましたか」
密かに自信のあったレポートに、かなり厳しい評価がついて返ってきたのは昨日のことだ。一晩寝て切り替えたつもりだったが、まだ引きずっていたらしい。だがそれを言うとキュウリのサンドイッチを不審そうな顔でしげしげ見ていたボビーが、
「悩みも大学生は違うな」
と感心したように言ったので驚いた。
「え、何でですか」
思わず訊き返す。
「いや、お前の年ごろだとてっきりガールフレンドと喧嘩でもしたかと思った」
「あはは」
そう言われて思わず笑ってしまう。
「試験やレポートで忙しくてそれどころじゃないですねえ」
良い若いもんが何を言ってるかと嘆かれるのを聞き流す。本当に進路に関わるレポートに比べたら、いもしないガールフレンドとの喧嘩など些末事も些末事だ。
だが、ボビーに心配されて少し気持ちが切り替わり、余裕が出てくると周囲の様子が目に入ってくる。そしてさっきから一緒に働いている同僚の様子がいつもと違うことに今頃気が付いた。
客の立った後のテーブルから食器を下げるディーンの表情が暗い。
「hey」
自分の担当テーブルのセットをしつつそっと声をかけた。なんだ、と言いたげに視線が向くのに、
「なんか随分落ち込んでるみたいだね」
と続ける。口に出してから、さっき自分が言われた言葉そのままだと気が付いたが、言ったことは戻らない。幸いサムの内心のあたふたは外には伝わらなかったようで、ディーンは険しくなっていた表情を少しだけ緩めて、
「まあな」
と答えた。話を拒否している風でもないので、サムは「どうしたの?」と続けてみる。まったくもって余計なお世話ではあるのだが。
するとディーンはテーブルを拭いてしまうと客席をちょっと見回し、来いよという感じに目顔でサムを促した。サムの担当テーブルもちょうど注文が出そろったところなので、布巾を下げるついでにカウンター前に移動する。
「この間、俺が一緒に帰った子がいたろ」
「ああ、ブルネットの」
この同僚は絶えず客にモテ続け、色んな相手とデートをしている。相手の顔がどんどん変わるのがみそだ。
「昨日友達とバーに行ったら、他の男と来てた」
「……ふうん」
説明終わり、と言いたげにため息をつかれたので、怒らせるかと思いつつ確認する。
「あんたのデートの相手も良く変わるけど、それとはまた別なの」
するとじろりと睨まれる。
「俺は確かに短く終わることが多いけどな、二股ってのはねーんだよ」
しかも俺が二番目だ。
あー情けねえ、とまたため息をつく。
サムは何か言わなければ、と口を開きかけるが言葉が見つからずに閉じ、ぱくぱくと無意味な口の開閉を繰り返した。その間にディーンは、
「お、客だ」
と接客に出てしまう。サムの方のテーブルは相変わらず動き無しだ。勿論巡回してもいいのだが、カウンターからはどのテーブルの様子も見やすいので、今日はここから定点観測をすることにした。
『いらっしゃい、ご注文は?』
見るともなく、同僚たちの動く様子をぼんやりと見てしまう。
今日の空は曇り気味だ。だが白と黒の制服とダークブロンドの色味は妙に鮮やかだった。ディーンは眉間に皺こそ寄せていないが、いつも振りまくやりすぎの笑顔が今日はない。
客商売ではどうかと思うが、サムの同僚は少しばかり元気が無い方が、見栄えがいいような気がした。
わあ、日付が変わる!
ヘイ、って日本語にするのがむずかしいですねー。
やあ、じゃないし。最初 ねえ、にしてたんですが、弟じゃないので ねえ はちょっと近すぎるかと修正。
[12回]