頬を軽く叩かれて目をあけると、優しげな顔だがやたらとでかい若い男と、年配でヒゲで野球帽を被った男が覗き込んでいた。
「しっかりしろディーン」
「奴ら追ってくる。走るぞ!」
何が何だか分からないが、切羽詰った状況ということだけはびんびん伝わってくる。
引き起こされて、一緒に走り出した。
だが
「どこ行く気だよ!」
「なにぼさっとしてる!」
でかいのとヒゲは突然方向を変えたり、持ってる銃で誰かを撃ったりしながらやたらと俺をののしる。
走れと言うから必死に走ってるのに、なんなんだ。どこに向かって走ればいいのか教えろ。
しばらくすると、追ってくる人影もなくなり、でかい男とヒゲ男も銃をしまったので、何とか逃げおおせたのがわかった。
なので、息が整うのも早々に、さっさと確認する。
「ディーンって俺のことか? お前らは何?」
でかいのとヒゲ男が、揃って目を見開いた。
「僕はサム。サミュエル・ウィンチェスター。お前はディーン。僕の弟だよ」
でかい男は俺の兄で、俺たちは二人でずっと旅をしているのだという。
野球帽の男はボビーという父の友人だと。
「魔物」の「狩り」が稼業だといわれても、俺にはさっぱりわからなかった。
「大丈夫。僕が教えるよ。きっと身体が覚えてるしね」
サムは穏やかに俺に言い聞かせた。
二人で組んでいる一人が、言ってしまえば戦力外になったというのに、怒りも焦りもせず、俺に身の守り方、戦い方を一つ一つ教えてくれる。銃の扱い、弾丸の作り方、格闘技。
膨大な量なのに、サムは教えるのが上手い。
妙に楽しそうだし。
それでもまだまだ覚えることは山積みらしい。
命に直結するスキルだ、というのはひしひしと分かる。
「なあ、昔もお前に教わったのか?」
と聞いたら
「お前はよせ」
と顔をしかめつつ
「僕らは二人とも父さんに訓練を受けたんだよ」
と話してくれた。父は母の仇を討つ旅の中で死んだとも。
なんだか胸が苦しくなったが、気がつくとサムの手に頭を撫でられていたので悲しい苦しいどころじゃなくなった。
幼児か、俺は。
「ナイフはこう持つ」
「こうか?」
「そう。で、・・・」
サムが後ろから腕を回して、ナイフの扱いを俺に指導中、ボビーが入ってきた。
指導風景を見てびみょーな顔をしている。
うん、これは所謂『手取り足取り腰取り』状態だよな。ビミョーな顔して不思議はない。
突き刺したナイフの動かし方を教わりながら頭の片隅で思う。
ここ数年ずっと移動しているらしいので、近所付き合いも馴染みの店も古くからの知り合いも友人もなし。
つまり、とりあえずボビーを除くと、サムしか俺のことを知るものがいない。不安だ。
行く先々でゲイカップルに間違われるし、自分でも疑問なので直接聞いてみた。
「俺とお前って本当に兄弟?」
言ったとたんにポカン、と丸めた雑誌で叩かれた。
そりゃ怒るか、と思っていると頭を撫でくり回される。どっちなんだ。
「なんなんだよ」
思わず呟いたらでかい身体にがしっと抱き込まれて
「ディーンは、僕の、大事な可愛い可愛い弟だよ」
と頭をまたわしゃわしゃ撫でられた。
『弟』ってゲイカップルの隠語であるのかもしれない。今度調べてみよう。
『弟』という隠語は見つけられなかったので、サムが席を外した時にボビーに聞いてみた。
「なあ俺ってサムの弟なのか?」
「・・・・・お前らは間違いなく血のつながった兄弟だ」
ボビーがなんだか苦悩しながら答えてくれるので、まあ、そういうことにしておいた方がいいんだろう。
今までのことをすっぱり忘れてもボビーがすごく頼れるオヤジさんなのはわかる。
なにか、俺らの事情は、ボビーを苦悩させる種類のモノであるらしい。
優しい反面、サムは口うるさい兄だと次第にわかってくる。
食事にバーガー買って来たら怒られた。
「ディーンはずっと食生活が酷くて、以前心臓で死にかけたんだよ」
ホントか?
「基本的に自炊しよう。バーガーはきちんと決まりを守った食生活をしていたら週末に1食だけオーケー。毎日ちゃんと野菜を取ろうな」
「それ、絶対俺の好みじゃない」
「当たり前だ。お前の好みで食べさせてたらあっという間にメタボだ」
「野菜なんかじゃヘロヘロになっちまう」
「大丈夫。僕を見ろ。野菜中心の食生活だ」
服を買いに行ったら、サムが選ぼうとする。
「服は好みでいいだろうが」
「好み以外でも仕事上の服が色々いるんだ。聞き込みをするときとかは、かえって印象を変えた方がいい」
白いボタンダウンのシャツやら、黒いシンプルなカットソーやらをサムはポイポイかごに入れる。
「こんなもん着たら軟弱に見えそうだ・・」
「普段がタフガイ風だからちょうどいいんだよ」
「試しに着てごらん」と言われ、不精髭まで剃らされる。
白いシャツに、チノパン。
「うん、よく似合う」
・・・単にこいつの好みの服を着せられているような気がする。
女の子と遊びに行って朝帰りしたら、翌日えらく怒られた。
「魔物は何にでも化けるんだ。いつ引っ掛かるか危ない」
「そこまで干渉すんのか!」
「ディーンが女の子に弱いことは連中にバレバレなんだよ。自分じゃ何が怪しいか見抜けないだろ」
嫌がらせじゃなくて真剣に心配しているらしいからたちが悪い。
兄の癖に眉を下げた情け無い顔をされると困る。なんだか妙に逆らいづらい。
「じゃあ隣にいて見抜いてみろよ」
と、大妥協して「兄」監修の元、めでたく安全なふつーの子のナンパに成功し、それじゃあ場所を変えようと店を出ようとしたら、出掛けに「気をつけて行っておいで」と頬キスされた。
店を出たらソッコー振られた。
兄弟だって言っても信じやしない。
俺だってバーで頬チューする野郎二人が「きょーだいです」って言ったって信じないだろうな。
帰って文句を言ったら
「すまない、つい」
だと。
わざとか?嫌がらせか?きょーだいは普通頬ちゅーなんかしないから嫌がらせだな?
「たまるもんをどーしてくれんだ!!」
とある日文句を付けたら、
「そんなのは自分でどうにかしろよ」
と冷たくあしらわれた。このやろう、と思ったが、何だか空気から身の危険を感じたのでやめた。
外の世界は危険が一杯だ、と兄は脅すが
その兄も何だか危ない奴で、どうしたらいいんだろう・・・・
早く思い出してすっきりしたい。
ボビーに言ったら、黙って頷いてくれた。
・・どうも俺たち兄弟には、色々な事情があるらしい。
前半おわり。
兄弟呪でディーンが記憶をなくすと、大変なことになることがわかりました。全てが停滞。ボビー苦悩。でも、サムさんは楽しそうです。呪い中だけど。兄サムのコントロールフリークぶりを書こうと思ったのによくわからんものに。
お中元(遅い)にT師匠とH様に捧げようと思ったのに、またも何がポイント見失いました(泣)しかも後半短いし。すみません、色々と・・・