父が運転する車に乗る時は、どこかここじゃない遠くに行く時だ。
明日はサッカーの試合があるのに。
友達が本を貸してくれると言ったのに。
あの子よりついにいい点数を取ったのに。
ダッドの「行くぞ」はいつも突然で、そして絶対に待ってくれない。
家族旅行に出かけた車の中で、突然サムが泣きだしたので、隣に座っていたディーンはもちろん、運転席のジョンとメアリ―もびっくりした。
「どうした」
「お腹痛いの?」
いつもは聡い子が言葉を出さずに首を振る。
「行きたくない…」
「サム?お前が行きたいって言った動物園だぞ」
ディーンが少し怒ったような声でいうのが意識の表層を通り過ぎて行く。
そうじゃない。そのことじゃない。
「気持ち悪いのサミー?」
心配そうなマムの声がして少し意識が分かれた。こんな感触はなかった。一度も。
「…もう引っ越したくない…」
絞り出すような細い声に、ディーンが応えた。
「引っ越さない。うちは一度も引っ越したことなんてないだろ」
その声に顔を横に向ける。
明るい金髪にフレクルの散った頬。
新しいシャツを着た兄が、シートベルトをつけたまま身体をひねってこちらを見ている。
ちがうちがうちがう。
そう、今は違う。
「うん…、どこにも引っ越さないんだよね」
「引っ越さない」
「僕たち、引っ越さなくていいのダッド?」
「引っ越さなくていいぞサム。夕方にはうちに帰る」
運転しながらちらちらとバックミラーで様子を伺っていたジョンは、わけがわからないまま息子を落ち着かせようとする。
「うん…」
と答えてはああと息を吐くサムに、メアリは心配そうに眉をひそめ、安心したら今度は居眠りを初めてもたれかかってくる弟にディーンはまたか、とため息をついた。
おわる
お題からなんか遠いぞ…
[22回]
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