同居している時にトムが記憶をなくしたとしましょう。
「・・・・・・・・・・」
病院のベッドの上でトムは上半身を起こし、病室に入ってきたクレイを見ます。
「トム」
「・・・・・・・・」
「トム、僕がわかる?」
困った顔で首を振るトム。
クレイはパイプ椅子を持ってきてベッド脇に座わります。
「僕はクレイ」
「クレイ・・・」
「君の恋人だよ。一緒に住んでる」
「え・・・・・」
目を丸くするトム。
「え・・・・でも、俺、男と・・お前が、恋人?」
(ああ、記憶が無くても基本的に男は範疇外なんだねトム。何となく安心したよ)
こんな事態でなぜ安心するのかクレイ。
「記憶がないって、とても不安だろうとは思うけど、無理しなくていいからね。とにかく家に帰ろう」
「家?」
「そう、僕らの家」
どこかボーゼンと、いつも以上にぽやぽやとしたトムですが、社会保険だの身分証明だの、ややこしいことになると面倒です。
クレイはさっさと事故の相手に交渉して、適当な額の慰謝料を受け取る約束をして、ふたりで家に帰りました。
「ここが僕らの家だよ」
「・・・なんとなくそんな気もする」
トムは玄関できょろきょろしています。
続いて寝室に案内します。
「ここが僕らの部屋だよ」
ちなみにクレイの部屋です。
「・・・・なんか狭くないか?」
シングルベッドしかないんだから当たり前です。
「ははは、まあ、富豪なわけじゃないからしょうがないよ」
「隣にもベッドのある部屋があるんだけど」
トムが自分の部屋に気づいてしまいました。
「ううん、僕らの部屋はこっち」
クレイ、病人相手に嘘を刷り込みます。
「でも、二つあるんだから使った方が良くないか?」
トム、意外に常識的です。
「だめ。僕らの部屋はこっち」
クレイ、まっすぐな目でトムを見つめて言い切ります。
「でも、あのベッドに一緒に寝るって暑そうなんだけど・・・」
やっぱり暑がりなトム。正直です。砂漠越えの記憶も無くしてるので、余計耐え難いようです。
「大丈夫。今もらった慰謝料でエアコンつけるから」
トムの慰謝料、そんなことに使っていいのかクレイ。
「でも、絶対ここに二人で寝たら狭いと思うぞ」
「大丈夫。それなら今もらった慰謝料でベッドをキングサイズに買い換えよう」
トムの慰謝料、そんなことに以下同文。
そんなこんなで即日クレイの家にめでたくエアコンと巨大ベッドが搬入され、トムの部屋のベッドは処分されて、クレイの部屋が狭くなった分、クローゼット化しました。
「俺、普段一体何して過ごしてたんだろう・・?」
数日後、キングサイズベッドに二人で転がりながら、トムがぽつりと言いました。
今頃かい?
と一般の人なら思っても不思議ありませんが、クレイは
(ああ、体力が回復して、少し僕との生活にも慣れてきたんだねトム)
とほんわり幸せを感じました。
「僕が外の仕事に行っている間、トムはネットでの投資をしたり、食事を作ってくれたりしていたよ」
「それだけ?」
「僕がそうして欲しいって言ったんだよ」
トムの過去の話をすると逃亡ノウハウを忘れた状態で『君は追われてる(かもしれない)』という事になるので、クレイはとっさに願望と実益を兼ねて、
またちょっぴり嘘八百を刷り込みます。
「そんなことでいいのか?なんか、変じゃないか?」
トム、記憶が無くても常識的です。
「変じゃないよ」
クレイ、ここぞとばかりに言い切ります。
「君は、僕のとても大事な人だ。一緒にいてくれて、僕はとても幸せなんだよ」
「・・・・・・・・・・」
考え込んだトムは、しばらくあっちを向いたり、こっちを向いたりゴロゴロ転がっていましたが、最後にクレイの方を向いて、真面目な顔で言いました。
「そういうのは、女相手に言うセリフじゃないのか?」
「・・・・・・・・・」
どうも、最初に刷り込んだ『恋人』のことがすっぽ抜けているようですが、すっぽぬけていつつ、大人しくキングサイズに一緒に同衾しているトムです。
クレイはよっこらしょ、とベッドの上で身を起こしました。
きょとん、としているトムの腕をそっと引いて、同じように起き上がらせます。
「聞いて、トム」
「ああ」
「僕らは恋人だって、最初に病院で言ったの、覚えてる?」
「あ・・・ああ」
明らかに、今思い出したようですが肯定さえすれば支障なし。
「でも、あれじゃ言葉が足りなかった」
「え?」
クレイ、そっとトムの手を両手で包み込みます。
「覚えていないだろうけど、僕たちはこれからもずっと一緒にいようと約束してる」
「・・・・」
トム、きょとんとした顔でクレイを見ます。まあ、恋人で一緒に住んでるならそういう気持ちなんだろうな、と顔に書いてあります。
「でも、今はトムが約束を忘れてしまっているから、もっとちゃんとわかるようにしておこうと思うんだ」
え、何、俺のせい?とトムの表情が素直に動きます。いやいや、責めたいんじゃないから。
「トムはそのままでいいんだよ。ただ、二人の約束を形にしておこう」
そして取り出した小さな箱。
まさか。
トムが目を丸くしていると。クレイはさっさとリングを取り出し、トムの指にはめてしまいました。
「ここにいていいのかな、と思ったときにはこれを見て」
クレイ、にっこり笑います。
「僕もはめる。手を貸して」
クレイはもう一つのリングを取り上げ、トムに持たせます。
そして、これまたトムが呆然としている間に自分の指を突っ込み、はめてしまいました。
「僕は君のもの。君は僕のもの。ね?約束のしるしだよ」
「・・・・・・・」
喜ぶところなのか?怒るところなのか?でも、頭打つ前に約束してたんなら、怒るところではないのか????
それに、こういうことって、パジャマだのTシャツだのでしかもボサボサ頭で、こんな1分もかからずやっていいことだったっけか・・・・・
トムは指輪をじっと見て、固まっています。が、クレイは頓着しません。
とにかく刷り込むべし。この際怒涛のように自分が誰のものか刷り込むに限る。
なにせ、日中仕事でいないので、突然不安になったり半端に思い出したりしてどこかに消えられたら困ります。
流れるような動きで、続いてクレイはキングサイズベッドに再びトムを押し付けました。
「怖い?」
のしかかりながら聞きます。
いたして良いかどうかについては、聞いてもいないところに注目です。
「・・何が何だかわからない。怖くない、と言ったら嘘だ・・な・・」
トムとしては相手が怖いんだか、今までの流れが怖いんだか、これから起こることが怖いんだか、何がなんだかです。
「痛かったら、言って。気をつけるから」
嫌だったら、でも怖かったら、でも気持ち悪かったら、でもないところにも注目です。聞く気ないのがよくわかります。
キスをした後、クレイがなにかチューブを取り出しました。
「なに・・・」
「じっとして」
有無を言わさず、トムの服の下に手を入れ、塗りこめてしまいます。
「・・・・・・・っ」
その後、キスをし、パジャマのボタンを外している間にも薬が効いてきて、トムは異様な感覚に襲われます。
「・・・は・・・っ」
身をよじりながら息を吐くトムの服を剥ぎ取りながらクレイが穏やかにささやきます。
「大丈夫だよ・・・この方が楽だからね・・・」
何言ってやがんだ、と思うでしょうが、クレイも真剣です。
今使った薬についても、苦しさはどうか、持続時間はどうか、ちゃんと効果は薄れるのか、なんと自分で実験済みです。
トムにも、会社にも、他の他人にも知られないように時間と場所を工面した詳細については、あまりに悲惨で涙ぐましいのでここでは触れません。
とにかくクレイが自分を使った人体実験の結果、これを使うと”楽で初めてまたは久しぶりの行為でも快感を得られ、なおかつちゃんとすることすれば回復する”ことが分かっているわけです。
そうこうしているうちに、トムの記憶が戻りました。
「お前、嘘つくなよ」
「えー?なにが?」
「部屋!俺の部屋、すっかり物置になってるじゃないか」
実はちょっとパーソナルスペースの確保をしたいトムです。
「ウォークインクローゼットって感じで贅沢じゃない?」
「俺のベッド捨てなくてもいいんじゃないか」
「ダメだよ。目を離すと不安だもん」
「それは、悪かったけどさ・・・・・あ!指輪!あれはなんだよ?!」
「前に買ってたんだけど、機会がなくてさ」
「俺がわけわかんない間にはめるって、ないんじゃないか?」
「うん。じゃあ改めてやり直そう!」
「え、いや、それは別に・・・・」
・・・・そんなわけで、トムが記憶をなくしても、あんまり二人の生活に不安は無いのでした。
おしまい
クレイはトムがトムであれば記憶の有無にはあまりこだわらないようです。
生活のピンク度はえらく上がりました(笑)
真面目版でなかなか盛り込めなかったお題が、こっちでやっと使えた・・・・