『なんかややこしい話になってきてさ、もう少しかかりそうなんだ』
電話の向こうでクレイががっかりした声で言う。
「わかった。大変だな」
トムは言いながらオーブンに入れかけた肉の塊をフリッジに戻す。
3日の予定だった出張が4日に延び、どうやら5日になりそうだ。自分だけの夕食なら残り物とスープで十分だった。
(なんだか調子が狂うな)
一緒に暮らし出してからも一人で過ごすことがないわけではなかった。
だがトムが何らかの理由で家を離れることは時々あったが、クレイの方がと言うのは珍しい。つまりトムの意思で決めたわけではない。
帰宅の予定が延びた時に、クレイが「帰ったらでかい肉が食いたいよ」と言ったので昨日は肉を買いに行って下処理をしていた。
今日はどうするか。
なんとなく部屋の中をうろうろする。そういえば昔父が仕事で帰らなかったときも、母がため息をつきながら料理を変更していたのを思いだしてしまった。子供の頃の自分は期待していたごちそうがお預けになるのが不満だったが、なるほどこういうことだったか。
家には料理人がいたわりに、母は良く台所にいた気がする。
簡単な夕食は片付けも簡単で、あっという間に手が空いてしまった。
パソコンをちょっと開くが、こう言うときは投資の取引をしない方がいい。前にうっかり飲んだ後に手を出して一晩で二週間分の利益が消えたことがある。
テレビをつけてみるが、朝から同じようなニュースばかりなのですぐ消した。いっそもう寝るかと時計を見るが、あまりにも早い。
少し考えてから電話を手に取った。しかし数秒考えて受話器を戻す。
クレイに電話をするかと思ったのだが、特に用件が無い。帰宅が延びることは聞いたし、帰ったら食べたい物も把握した。だがしかし暇だ。
呆れられるかもしれないな、と思いながらもう一度電話に向かい、クレイの番号を押す。
ややこしい状況と言っていたからもしかしてまだ仕事中だったらまずいなと思ったが、ワンコールでクレイが出た。
『どうしたの?トム』
真剣な声で訊かれて一瞬ものすごくまずいと思う。
「いや、特に何もないんだが」
『え』
「なんか暇で…」
言ってしまってから(これはひどい)と自分で思う。
が。
『嬉しいよ!僕も夜は暇でどうしようかと思ってた』
弾んだ声が返ってきてびっくりした。怒らないのかこれで。
声が聞きたくて
どうしてるかと思って
ちょっと話したくて
文言は知っているが、テレビや雑誌の中の話だ。トムの心境がそうかと訊かれると違うとやはり思うのだが。
だが、理屈や理由はどうあれ、一人の夜を持て余していた二人は、それから4時間にわたってだらだらと話し続けた。
翌日。
今日こそ帰るというクレイ用の肉を焼いていると、電話が鳴った。
(しまった、また延びたか)
そう思いながら受話器を取り上げる。
「どうした?」
『どうしてるかと思って』
「肉を焼いてるが」
帰りが明日になるなら焼きたては無理だ。なかなかいい具合なのに惜しい。まあ仕方ないが。
『ほんと?やった』
だが嬉し気になる声に、やっぱり帰れるらしいと思い返す。
「今どのへんだ?」
聞いた瞬間にドアが開き、クレイが
「ただいま!」
と入ってきた。
「『びっくりした?』」
目の前と受話器から同時にクレイの声を聞いて、トムは目を丸くしながら
「…無駄だろう」
と呟いた。
玄関を開けていたので目撃した近所の住人から、
「あそこのカップルは熱いねえ」
と噂されるのだが、二人の知るところではなかった。
終わる
ううう、コンパクトに書けなくなってるなあ
そしてちっともお題にそってない。
[26回]