『ディーン、今日の夜から明日って用事ある?』
仕事の昼休みを狙ったかのようにかかってきた弟からの電話にディーンは目を瞬いた。
「トラブルか?」
何らかの危険が迫っているというのならすぐ動くこともできるが、サムの声は焦っている割には緊迫感がない。
『トラブルじゃないんだけど、ちょっと頼まれごとをしたんだ。それで悪いんだけど兄貴も今週末一緒に家にいてくれると助かる』
「分かるように言え。どんな頼まれごとでなんで俺の手が要る」
腰が低いようでいて要領を得ないサムの話にディーンは苛立った声を出す。電話が終わってから出かけようかと思っていたが止めて、携帯を耳に当てたまま、店長に合図して外に出た。近くの通りに店開きをしているワゴンに近づくと、顔なじみの店主に手ぶりでバーガーを注文する。心得た相手が手早くオニオンを多めのそれを作って差し出すのに上着のポケットを探って金を払い、ずしりと重くて暖かいバーガーににんまり笑いながら人の少ないベンチを目指した。
「おいサム?」
一連の動作が終わってもまだ返事をしない弟を促す。とはいってもものの数十秒だが。さすがにこのまま片手では食べにくい。
『ごめん、ちょっと詳しいことは言えないんだ。帰ったら話すよ』
「そうしろ」
サムの声の後ろの音はいつものオフィスのようだった。当然周囲の耳目もあるだろう。話しそうもないので通話を切って携帯をしまう。最近気に入りのワゴンのメニューは何を食べても旨いが、特にこのバーガーはパティに荒く切った肉も使っているので食べでがあった。
かぶりついて咀嚼しながらふと周りを見回す。
公園のベンチにはディーンのような遅めの昼食を取る者もいれば、本を読んでいる青年、幼児を遊ばせて見守っている母親、雑談する老人など様々な顔がある。
以前は狩の合間に他人事として見ていたのんきで平和な人の群れ。自分も今はその群れの中の呑気な一つになっているという事実に、ふと違和感を覚えた。
「ただいま!」
仕事から帰ってビールでも飲むかとフリッジを開けたところで、ありえないような早い時間にサムの声がするので、ディーンは驚いた。そういえば昼の「頼み事」の件があったんだっけなと思いだす。いかん、だいぶ平和ボケしてるな、と思いつつ振り返り、そのまま固まる。
「おいおいおい」
サムはいつものコートに鞄、その他に大きな荷物を二つぶら下げ、そして右腕に小さな子供を抱いていた。
「えーと、この子はアダムだよ」
「お前の…」
「同僚のお子さんだから。わけがあって、日曜の夜までだけあずかることになったんだ」
さすが兄弟というのか、隠し子かあるいは唐突に認知を迫られたかの二択しか思いつかなかったディーンに迅速に訂正を入れる。
「それで、なんで俺にいてほしいんだ。実は子供に見えてモンスターか?」
そういってナイフを取り出すとサムが慌てる。
「違うよ!そうじゃなくてディーンは子供扱い上手いだろ」
「はあ!?どっからもってきたそんな考え」
「だって僕が子供の頃面倒見てくれてたのディーンだったし、昔モーテルのオーナーの子供の相手も上手かったじゃないか」
「お前な…」
そんな20年も前の幼児期や10年は昔のある日の出来事でなに言ってやがる。
そう思ったが、サムはこわごわと小さな子供を下すと、どさどさとおむつやら何やらのグッズを鞄から取り出し始める。
「これで日曜まで足りる?」
「訊くな」
ともあれ今は夜で幼児はすでにサムの家にいるのだった。
おわんなかった!
[32回]