「埋めてやる。当然それくらいの覚悟できたんだろうし」
「止めろっての」
殺気立って剣呑なことを言う弟をペしりと叩き、ディーンはうつ伏せに倒れたハンターの様子を見ながらゆっくりと近づいた。呆気なくやられたかと思ったが、腐ってもハンターと言うべきか、もう起き上がりかけている。
「おい」
話しかけるとまだギラギラした目でこちらを見返す。そうだろうな、とディーンは懐かしいような心持でその顔を見返した。ハンターになる奴なんてのは、止むに止まれぬ復讐から足を踏み入れ、生き残り知識を増やそうと足掻いている奴がほとんどで、一週間ほどほどに働いたら週末はビールを飲んでのんびりしたい、なんて奴はほぼいない。つまりはいつも後がない死に物狂いだ。
「お前に心臓を持って来いって言ったのは悪魔か?」
ディーンが訊くと分かりやすく黙り込む。
「奴らの言うなりになって、まさか一回こっきりで終わるとか思ってやしねえよな」
また沈黙。
「先に言っとくが、俺の心臓はもう人間のもんじゃねえぞ」
これには激しい反応が返った。驚愕に目を見開く相手には気の毒だが、手足を落とされて心臓を取られかけた身としては、たとえゾンビでも言うことは言う。しゃべるゾンビ。主張するゾンビ。シュールだ。自分で言うのも妙だが。
「何回かパーツを取り変えたからな。今入ってるのはモンスターの臓器だ」
諦めきれぬようにぎらぎらした目でディーンを見ていたハンターが、がっくりと首を落とす。このまま放りだせば血迷って本当の人間の心臓をあれこれ理由を付けて手に入れようとするかもしれない。
義理は無いが、事情を聞いて何とか魔物の裏をかけないか手を貸してやるべきだろうか。その時、ハンターを睨みつけていたサムが口を開く。
「…心臓を持って来いっていう悪魔なら、さっき町で会って、消してきたけど」
暗くなった林に沈黙が満ちた。
「ごめんディーン。遅くなったからあんなのが入ってきた」
半端な知識でディーンの首を落としかけたハンターをきっちり畑に首まで埋めてから、ディーンとサムは自宅まで帰ってきた。。
「大丈夫だから気にすんな」
それにしても、悪魔の脅しに引っかかって、人間の心臓をマジで探すってやばいよなあいつ。
怖いというより久々の外の人間との接触は新鮮だった。若いハンターの危なっかしさに思わず口を出したくてうずうずしてしまう。
「偶然とはいえいいことしたなあサム」
「あんな奴にいいことしてやっても意味ないよ」
十中八九、サムが消した悪魔は、あのハンターが何やら引っかかっていた女悪魔に違いない。
若いハンターは態度を一転させて、サムに悪魔のことをあれこれ聞きたがったが、
「こんな日にこれ以上時間を使わせる気か」
とサムが凄んだらピタリと黙った。ディーンのこともあるので、話がしたけりゃ明日まで埋まってろ、と言われると、驚いたことにほとんど抵抗もせずに人参とジャガイモの間に埋められた。土は軽くかけただけなので、腹でも減ったら自分で這いだせばいい。
明日あたりジョーを呼んで来たら、さぞかしおかしいことになるだろう
「怪我は大丈夫?」
「なんも感じねえし」
言って笑うが、この便利さをサムはあまり感じないらしい。しょげた顔のまま、鞄から荷物を取り出す。
そうか、バレンタインと言ってたから、そんなに食べられないと思いつつまた今年も乙女チックなチョコでも買ってきたか。
ディーンとしては、昔散々食べたチョコバーが、もう少しも旨いと思えないことの方が精神的に堪えるので、豪華な高級チョコならば逆に気が咎めることなく「まあまあ旨いぜ」とかいって笑うことができる。
が、今年のサムは一味違った。
「…なんだこりゃ」
めっきりサムと喧嘩をすることもへったディーンとしては、とても珍しく眉間に縦ジワが寄り、思いきり低い声が出る。
「…………理屈は分からないんだけど、身体に合うんじゃないかって」
もじもじしながら言うサムは可愛らしい。可愛らしいがかといってはいそうですかと言うわけにもいかない事態だ。
「なんだよ、これは」
もう一度訊くと椅子の上で縮こまったサムがぼそぼそと言う。
「……ディーンの身体に合うんじゃないかって」
「誰が」
「そっちの方に詳しい奴らが」
「…」
弟はまた妙なネットワークを作ったらしい。手当を終えたディーンの目の前には、大変新鮮そうなタルタルステーキが皿に盛られて置いてある。
「………」
「……」
頭のいい弟なのだが、色々考えた挙句二転三転して、結果馬鹿なことをするのは昔から同じだ。そしてそれをバレンタインの土産だろうが何だろうが皿ごとひっくり返せないのはディーンが悪い。
「お前は俺をゾンビらしいゾンビにする気になったのか。俺がそのうちステップアップしてその辺のやつらを襲いだしたらどうしてくれるんだ」
「違うよ。これは牛だし血抜き済みだし」
そしてサムは何等級の牛なのだとか、混ぜてある塩やオリーブオイルがどうだとか言っているのだが、それらは耳を通り抜けていく。だからなんだ。ディーンとしては生肉をあてがわれたことが衝撃なのだが。
だが結果から言おう。
消化器全般弱っているはずのディーンの胃袋は、何故か生肉は五割増しで順調に受け入れた。
そして翌日目覚めたディーンは、明らかにいつもよりも傷みにくい傷と、
視界が明るくなっているのに気付いて何となく落ち込んだ。
そして思わず古いゾンビ映画をもちだして見ている所に怒り狂ったジョーと、怒り狂ったジョーに畑から掘り出されたハンターが泥まみれで上がりこんできて、部屋の中はゾンビ映画を観るゾンビ。というシュールな光景に、また沈黙が落ちたのだった。
お、おわろうもう
すみません後半ほとんど寝ながら打ってる…
今日の教訓。ワインを飲みながらノックすると大変だ。
kさんごめん、全然バレンタインっぽくならなかった
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