「そういえば、例のアパートの部屋はやっぱり借り手がつかないんですって」
メアリが夕食のキャセロールをテーブルに置きながら言ったのは日曜の夜だ。野球の試合に意識を半分以上向けていたジョンは、
「ふうん」
と気のない返事をしたが、反応の薄さにいちいちめげていてはウィンチェスター家の主婦などできない。ご近所が集まるお茶会で色々聞いた噂話は、男どもにも強制的に共有させる。
「やっぱり幽霊が憑いてた、っていうのが印象悪いみたいでね」
「そうは言っても、ちゃんと祓ったし、その後牧師にも来てもらったろ」
テーブルに肘をついたディーンが困惑した声をだす。
「あんなに念入りにあちこち浄化したんだから、却ってその辺の物件よりきれいなもんなのに」
「なかなかその辺が分かりづらいみたいなのよね。今はただでさえ物件が余ってるし」
長男はふーん、まあ素人にはわかんねえよな、と腕を組む。
「それでね、サム」
「え、なに」
突然話を振られた末っ子が目を丸くする。相変わらず持ちかえり仕事に追われた弁護士は、夕方になってソファで寝ていたところを兄に蹴り落とされてひと騒動したあとだった。小さい子供ならともかく、いい年して本気で取っ組み合いをする息子たちが微笑ましく見守ってもらえないのは無理もない。
「サムの知ってるクライアントとかで、部屋探しに苦労してる人はいないかしら。前科があったり係争中だったり、身を隠す場所が必要だったりする人とか」
「そりゃいるけど、知合いに安心して紹介できる店子じゃないからなあ」
「あらそう」
残念、と返したメアリは前掛けを外してテーブルについた。
「思ったんだけど」
サムが口を開いたのは夕食の皿が半分以上空いた後だ。
「僕が借りようかその部屋」
「「「え?」」」
三人の反応が余りにも揃っていて、サムは軽くのけぞりながら続ける。
「いや、この間キャンベルの従兄弟にも『まだ実家なのか』とか笑われたし、あそこなら近所だからうちの狩するのも支障ないし」
確かにサムは平日しっかり弁護士なので、立派に自活できる状態ではある。
「でもあの部屋はファミリー向けよ?ベッドルームも3つあるし」
メアリの言葉にサムが頷く。
「まあね、そしたら兄貴と一緒に借りるのは?」
「ほえ!?」
話を振られたディーンが変な声を出した。
「なんで俺まで」
「だって確かに3つも部屋があって一人暮らしはもったいないだろ」
「だからって」
「兄貴も来れば、『弟に先をこされた』とか言われずに済むんじゃない?」
「あーーー、あの野郎な…」
その時二人が思い浮かべたのは、キャンベルの年上の従兄弟だ。何かというと嫌味な言動をする。
「一生実家暮らしとは思ってなくても、狩りのこととか考えるとあんまり遠くには住みづらいし」
「そりゃな」
「その点、あの部屋ならちょうどいいよ」
「まあ、なあ…」
ディーンの反応が鈍いのにはわけがある。例によって今転職活動中なのだ。
「幽霊がいた部屋っていっても、僕らが無事に済んでるうちに噂も消えるかもしれないだろ」
人助けだよ、と畳みかける。いつのまにやらサムの一方的な勧誘タイムになり、もう片付かないから今日は止めましょう、とメアリママに打ち切られた。
提案①、家賃折半にする。貯金もないディーンにこれは過酷かもしれないが、兄の面子的にこだわるようなら、この際幽霊憑き物件ということで値切るという手もある。
提案②、収入に応じて家賃を分担する。最悪ディーン用の部屋分だけ、という手もある。
提案③、今現在無職なのだからこの際家賃は置いて、メンテナンスを担ってもらう。いつぞや自分を主婦と思いこんだときの様子からすると部屋の中がえらいことになりそうだが。
いきなり③というのは性格上怒りそうだから、①から持ちかけて③を落としどころにする、という方がいいかもしれない。
サムの熱心なシュミレーションはだが、その翌日あっさり無駄になった。
「サムがいいアイデアを出してくれたしね。ハンターなら気にしないから紹介したわ」
朗らかに笑うメアリに、サムがえええと肩を落とす。
「ちょっとその気になってたのに」
「ごめんなさいね」
微笑む母の仕事の速さに反論もできず、今日も仕事の弁護士は出勤していった。
「いいのかメアリ」
実はまだ借り手が確定したわけではないのを知っているジョンが振り返るが、メアリは息子には見せない座りきった目でジョンを見やる。
「いいのよ。あの子たちが自立したいのは止めないけど、キャンベルに口出しはさせないわ」
何が24時間365日よ。息子たちの生活には1パーセントも影響させたくない。
そう呟く妻にそれ以上言い募るのは賢明にも思いとどまったジョンは、次の里帰りの時にまた父娘の会話が荒れそうだなあと思いながら、仕事の前にもう一杯コーヒーを飲むことにしたのだった。
おわる
kzさんすみませーん!
二人暮らし画策よりも重点が別のとこに言った気がする…
しかしもう書きなおす気力と時間がないざんす
[26回]