目を覚ますと、隣にクレイがいない。
それ自体はそれほど珍しいことでもなかった。クレイはもともと眠りが浅い方らしく、夜中に頻繁に目を覚ましている。寝付けないときは水を飲みに行ったり、リビングでテレビを見ていることもあるのは知っていた。トムはいくらでも寝られる方なので、つきあえと起こされない限り睡眠を優先するのが常だが。
だが、しばらくうとうとして再び目を開いた時も、クレイがベッドに戻っていないのは珍しかった。
(今日、何か用事があったか?)
日曜日のクレイは午前中ベッドでごろごろして過ごすことが多いので、明らかにいつもと違う。
トムは一つ息をつくと、目をこすりながら起き上がった。ベッドの上に放り出されたガウンを羽織る。昨夜使った覚えはないから、クレイが置いたのだろうか。それも普段はないことだった。
最近は冷え込みが和らいできたので、温かいベッドを離れるのがそれほど辛くないのはありがたい。室内履きが見当たらないので、はだしのまま寝室を出た。
キッチンを覗く、が背の高い姿はない。
「クレイ?」
バスルームかと思って呼んでみるが、水音がしない。念のためのぞくがやはり無人だった。
(出かけたのか?)
だとすると、あえてトムを起こさずに出かけたことになる。
(まあいいか)
トムは首をかしげて息をつく。クレイが自分の行動をいちいちトムに説明するわけもない。これ以上できることもなさそうだった。
フリッジを開けてみるが、クレイがいないので特段朝食を作る必要もないのに気付いてまた閉める。窓から下の通りを見下ろすが、休日の町はまだ動きだしていなかった。
(寝るか)
窓も扉も閉まっていることを確認して、寝室に戻る。
ガウンを脱ぐと、少し冷えてしまったシーツをもう一度被った。足をすり合わせ、寝返りを打つ。
ふう、と息をついてまた眠りに戻ろうとした瞬間、発破でもかけられていたかのように、シーツがカバーごとむしり取られた。
「うわ!?」
さすがに驚いて起き上がる。
と、案の定というか、驚いたことにというか、ベッドの横にいきなり不機嫌Maxな顔をしたクレイが仁王立ちになっていた。
「クレイ」
「あれっぽっちか?」
いたのか、と言う暇もなく怒鳴られる。
「一回呼んで、返事がなければ寝に戻るのか?もっとちゃんと探したらどうなんだ。少しは心配しないのか?」
「………」
いや、バスルームもクレイの部屋も気配がなかったし、靴がなかったし、等々言い分はあったが、火に油を注ぐことになりそうなので口にするのは止める。お前の何を心配するんだ、というのも手や足が降ってきそうな気がしてひっこめた。
「探せばよかったのか?」
「当たり前だろ。もうちょっと慌てるとかウロウロ心配するとかすればいいのに可愛くないな」
ああつまらない、と鼻を鳴らすクレイを見上げて、トムは途方にくれた。
子供の頃にかくれんぼ遊びはしたが、いい年になっていきなり隠れられても面白いも何もないと思うのだが。
クレイの唐突なかくれんぼ遊びを思いだしたのは、それからしばらくたった後だ。その朝クレイは珍しく疲れていたようで、トムが腕から抜け出してベッドの上で起き上がっても目が覚める様子がなかった。
何が楽しいのか分からなかったが、もしかして探されるのは楽しいのかもしれない。
寝起きの思考で、そうぼんやり考え付いたトムは、そのままベッドを降りてリビングに向かった。
そういえば、クレイがどこに隠れていたのか結局聞かなかったな。
考えつつ室内をぐるりと見回す。しかしクレイほどでないにしてもトムが隠れるような場所と言うのは結構限られている。食品庫には結構スペースがあったが、扉を閉めてしまうと真っ暗で外の様子が分からないので止め、クローゼットに無理矢理入る。戸を閉めてみると外の方が明るいのでまあまあ見えた。
しかし、考えてみるとクレイがいつ起きるかも分からない。
少し待って、起きないようなら止めよう。そう思いながら小さく欠伸をした。
と、ほどなくクレイが起きた気配がする。
「トム?」
呼ぶ声には答えない。遊びにならないからだ。
「トム」
もう一度呼ぶ声。さっきより少し固い声だ。応えたくなるのをじっとこらえる。確かに少し楽しいかもしれない。
が、そこで声は途切れた。
(寝たのか?)
だとするとクレイもトムのことを言えないが、まあそれならそれでもいい。だがトムを探す声は途切れたが、クレイが動く気配はしている。
しばらくして、見慣れた姿が寝室から出てくる。だが、クローゼットの隙間からのぞき見てぎょっとした。服をきっちり着込んだクレイは手に何やらバールのようなものを持っていたからだ。
「かくれんぼか。いいぞ隠れてろ。声を立てるなよ」
そう言いながらゆっくりとパントリーを開ける。はっきり言って怖い。全然楽しくない。足音は一度バスルームやそれぞれの部屋の方に消え、一つ一つ扉を開けて中を確認していく。キッチンの上の棚まで開けていて、少し笑いそうになったが、クレイの姿がはっきりと殺気を帯びていてやっぱり笑うどころではなかった。
そしてついにクレイが扉越しに真っ直ぐこちらに向き直る。
「やっぱりそこか」
そして実に嫌な顔でにやりと笑うと扉にぎしりと手をかけた。扉が引き開けられ、振り上げられる凶器とクレイの形相に悲鳴を上げるのを堪えたというよりは、声もでなかったというのが正しい。
真っ蒼な顔で固まるトムに、ハリーが久しぶりに現れたのではないと気づいたクレイは危うく凶器を止めたが、代わりに
「紛らわしい真似するなよ!」
とさんざん怒鳴られた。トムはカチカチ歯がなりそうになるのをこらえながら
やっぱり、ぜんぜんまったく楽しくない。
と思ったのだった。
おわる
今日はT師匠からリクいただいたネタでした。
でもなんかきゃわいい雰囲気が50分の1くらいになっちゃった…
激しくすれ違う二人なのでした。
あ。真っ蒼なトムの様子にさすがにクレイもバールを置いて、
「来なよ」
とかクローゼットから引っ張り出して、その後トムから唐突なかくれんぼ検証だったことを聞いて少しばかり反省するとよろしいです。
[34回]