「わからん。最近真剣にわからん…」
またうっかり夫モードのサムに人前で熱烈なハグとキスを食らってしまったディーンは、モーテルで呻いていた。
今現在の状況としては狩の後始末が優先事項なのだが、その辺はなんというか既に身体が覚えているというか、長年の積み重ねから大して脳みそを使わなくても支障なくできてしまうのが災いして、午後から夜にかけてずっと忙しくしていたというのにずーーーーーっとその件が頭から離れない。
始末の悪いことに、兄弟のことを昔から知っているはずのハンター達が意外にいい加減で、
「相変わらずべたべたしてやがるなあ」
くらいでスルーしたものだから、サムもディーンが激怒しても
「ほら、誰も気にしてないよ」
としゃあしゃあとしている。
しかしながら冷静に考えて、いや考えなくても普通野郎同士の兄弟で仕事が終わったからといって「お疲れ様」のハグやキスなんかしやしない。
普通の状態のサムだったら、死にかけたのでもないかぎり頷き合うとか肩を叩くくらいだ。だからあれはおかしい。
おかしいのだが、最近ディーンもぎりぎりになるまでサムがどちらの状態なのか分からないことが多く、不意を突かれることが増えてきた。ある意味、呪いがずーーっと続いていた時は、いつもキス魔のハグ魔なことがわかっているので、
「カウンターで肩が触れるのは別にいいが、肩を抱いて来たら叩き落とす」
「頬キスぐらいならほっとくが、角度が変わったら即座に引きはがす」
などの警戒態勢が取れるのだが。
(エレンやジョーなどは話がこの辺りになると、『頬までいいんだったらどこだっていいでしょうがいちいち鬱陶しいわね!!』などと怒鳴りだす。ディーンがボビーに相談しているのを横で聞いているだけでも怒り出す。女性陣に理屈は通じない)
「変わった時になんか印でも出りゃあいいのに…」
「それなら可能だ」
一人のモーテル内での独り言に、いきなり返事が返ってきたのでディーンは身構えつつ振り向いた。が、十中八九そうだろうと思っていたのだが立っていたのが馴染みのしょぼくれた天使だったので構えを解き、
「何度も言うがいきなり部屋の中に出るんじゃねえよ」
と文句を言うにとどめた。もちろん天使はそんな人間界のマナーにはトンと興味を示さなかったが。
「サムの状態が変わった時に、それが分かるようにするだけなら可能だ」
いつもマイペースな天使だが、ものすごく珍しいお役立ち発言にディーンは目を剥く。
「できるのか!?早く言えよそういうことは」
「君はそれを私に尋ねたことはなかった。サムの状態を治すことはできないかと訊いただけだ。それは私にはできない」
「ああそうかよ、で、できるんだな」
「ああ」
「よし、やれ」
人間が天使に、というのでなくても人間同士のやり取りでも随分と乱暴な頼み方なのだが、どうにもこの兄弟に対して鷹揚すぎる天使は黙って上方45度辺りを見上げて数秒黙る。
「すんだ」
「もうか!?サムいねえのに」
「物理的空間は天使には無意味だ」
そうは言っても治癒の力を使うときには手を触れるじゃねえかとか思ったりもするのだが、置いておく。
「……で?」
「君の望み通り、正常な状態からサムが変化するときに、目が一瞬青く光る」
「へ!?」
「目が一瞬だが青く光る」
「ちょっと待て!!ピカピカ光るのかよ電気みたいに」
「そうだ。サムが自分を夫と思いこんだ状態になる時に」
「いや、まずいだろそりゃ」
おかしい。それは明らかに誰から見てもおかしい。いかに色々構わない夫モードのサムでも多分困るであろうくらいおかしすぎる。
「そう望んでいたと思うが」
「だからって変だろうがよ、いきなり人間の目は光んねえよ」
「物理的に光らせるのではない。君の目に青く光ったように見えるという意味だ」
「ならそう言え!!」
頼んでおいて態度が悪い。カスティエルは顔をしかめると何も言わずに消えてしまった。
「おいキャス!!」
怒鳴るが消えた天使がモーテルの室内にいるわけもない。夜に大声を出したディーンは、数分後モーテルの管理人に静かにしろと小言を食らうことになった。
とはいうものの、印はしっかり印だった。本当に時々サムの目がぴっかりと光る。
(おお!)
ダイナーでコーヒーを飲んでいたディーンは、向かいに座るサムを見ながら感心した。
「…聞いてる?ディーン」
「あー、まあ、聞いてる」
いつ目が光るか意識を向ける余り、サムが話していた不審な事件についてのいきさつはきれいさっぱり耳を通り抜けている。
「しょうがないなあ」
サムがカップを取り上げてため息をつく。
「最近ぼうっとしてることが多いよね。具合でも悪い?」
「いんにゃ」
ふるふると首を振り、サムは心配そうにもう一度ため息をついた。
「ちょっと、聞いてるの!?」
隣から苛立ったジョーの声がして、ディーンは少し慌てて隣を見た。眉を吊り上げるジョーと、後ろに見えるエレンとボビーは、夫モードのサムほど緩く流してはくれそうもない。
「あー、実はな」
なのでさっさとネタ晴らしをして理解を求める…と、
「「ばっかじゃないの!!!??」」
女性陣からとても暖かくない反応が返ってきた。
「それでこの間っから暇さえあればずーーーーーーーっとサムのことを見てたってわけ?」
「サムが心配してたわよ。もしかしてどっちかが自覚なく悪魔になにか仕込まれたんじゃないかって」
「自分がどう見えるか分かってんの?良くて粘着なおっかけ、普通に見てストーカーよ」
「…………」
この母娘がこのモードになった時には、たとえ言い分があったとしても黙った方が後々の被害が少ない。
高周波の波状攻撃を数分耐え忍び、解放されてよろよろと書斎に転がり込むと、何か本を読んでいたサムが顔を上げた。さっき目が光ったのを見たので、今のサムは夫モードのはずだった。
「大丈夫?二人ともすごい勢いだったけど」
予想通り、通常の何割増しの穏やかな声をかけられる。
「…聞こえてるなら助けろよ」
じろりと見やると苦笑して肩をすくめられた。
「ごめん。助けられた自信がない」
「薄情な奴め」
後ろの棚からボビーの酒を勝手に失敬しつつ、でかい背中をどつく。と、
「わあ」
と慌てたような声がした。次の瞬間、
「何すんだよ!!」
と、穏やかな声と対極の険しい声で、額に青筋立てたサムが振り返る。
「コーヒーこぼれただろ!布巾持ってきてよもう」
慌てるのはこちらだ。妙に穏やかな声だからてっきり夫モードだと思ったのに。いつから正常になってたんだ。
「お前なあ、さっきとえらく態度が違うじゃねえか」
ちょっとばかりリスキーだが、今後のために探りを入れる。と、ただでさえ吊り上がった眉がさらにきりきりと上がった。
「様子が変だから心配してたんだろ、いきなり叩くなよもう」
もうもうもうとお前は牛か。
というよりも弟のくせにあんな話し方すんじゃねえ混乱するだろが。弟からも妹分からもきーきー怒られて、ディーンは頭が痛くなってきて眉間を揉む。
そんなわけで、キャスに珍しくストレートに願いをかなえてもらったのだが、今一つ役に立たなかったのだった。
うわあ収拾つかなくなってきたので一度終わる!
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