目を覚ますとサムは既にいなかった。
(またか)
ディーンはぼんやり考えながら薄布の張られた寝台でごろりと寝返りを打つ。サムの抜け出し方が上手いのか、ディーンが熟睡しすぎなのか、どうも気が付かないことが多い。
敷布はさらりとして肌触りよく、室内には何ともいえない香りが立ち込めている。本気になった侍女たちのリサーチ力は恐ろしい。大した期間は経っていないのに、ディーンの体調や好みをどんどん把握され寝室の環境が使うたびにバージョンアップされている。ただし眠気を誘う方向にだ。今日のように仕事に行かなくてはいけない朝には最悪だ。
と、そこまで思考が進んで飛び起きた。
「しまった!」
今何時だ。
宮殿はいつものアパートよりも職場に遠い。サムよりも早く起きて出かけなければと思っていたのになんてこった。
朝食を一緒に取って行けというサムと、そのことで昨夜も揉めたというのに。
(腕時計は)
置いたはずのサイドテーブルには何もない。焦って会社用の一式を入れた鞄を探すと、これもない。ならば携帯端末はどこだとクローゼットの横を見やるが、充電器ごと消えている。
一つならともかく、ここまで重なるとディーンもピンと来た。
(やりやがったな)
腹を立てたサムが、ディーンの仕事用一式をどこかに隠したらしい。
ディーンは唸りながらクローゼットから仕事用の服を掴みだし(さすがにこれは消えていなかった)とりあえずバスルームに飛び込んで身支度を整える。
窓から見た空の感じだと、多分まだ遅刻まではしないで済む時間だ。
顔を洗いながらふと思いついて寝台の下を覗くと、消えたディーンの持ち物がほうりこんであった。
「ガキ臭い隠し方しやがって」
本気で宮殿内に隠されたら、それこそ見つからないし大事になるから、嫌がらせとしては適当な程度ともいえる。
またクラウリーあたりに嫌味を言われそうだが、当番の侍従に頼みこんで会社まで車を出してもらおう。
そう思いながらディーンは小走りに駆けだした。
「おや。早出をすると言っていた割にはゆっくりの登場だな」
会社につくと、ロキと連れだったサムがニヤニヤ笑っていてディーンはぎりぎりと眉を吊り上げる。
「どこかの誰かが人の荷物を隠したんでな」
「おや、正妃ともあろうものがなんて口をきくんだ」
「朝っぱらからガキ臭いことをされたんで釣られてるんだ!」
大体、今日はサムが来るのでその準備のための早出だったのだ。しかもまだ予定の時間には遥かに早い。そしてお偉方は応接室にでも籠っていればいいのでディーンの部署までわざわざ来るな。
だが、何を言ってもオーナー王子は気にしない。
「そもそも、時間に気付かずに熟睡してたお前が悪い」
「俺は目覚まし時計をかけて置いていたぞ」
「あったか?ああ、僕が起きた時、とうに時間は過ぎているのかと思って止めたな」
「やっぱりお前のせいじゃないか!」
「悪いんだがな」
厳重抗議をしていると不意にロキが大声で言った。
「まことに畏れ多いことながら、今しばらくお続けになりたいんだったら防音装置付きのそっちの会議室でやってくれ。仕事のじゃまだ」
言われて振り返るとフロア中の社員が手を止めてこちらをじーっと見ている。
「いや、止める」
周囲に済まないと謝って、ディーンはサムへの文句は諦めて仕事にかかる。
そして、見ていたカスティエルから
「見事な痴話喧嘩だったな」
と感心され、え!?と見回すと周囲からうんうんと頷かれ、
「痴話喧嘩で支障があるなら夫婦喧嘩だな」
と畳みかけられて頭を抱えることになった。
とかとか。
平和な後日談。
通勤時も運転手か護衛は着くんだろうな…
あ!全然朝ちゅんらしくなかった
[35回]