モーテルで資料をチェックしていたサムは、ふと視線を感じて顔を上げた。
同じく資料を開いているディーンがこちらを見ている。
「なに?」
「いや、別に」
声をかけるとふい、とそらす。
最近、そんなことが増えた。
事件の調査に行ったきり、ディーンが帰って来ない。
『もうちょっと探ってみる』
『あと少し調べてみる』
等、連絡はよこすが、なんのかのと言ってもう3日だ。
(呪いがまだ解けてないくせに何やってるんだ)
「もう、調査はいいから帰って来い」
と言ったら、
『簡単な案件だから一人で平気だ。片付いたら連絡する』
と返してきた。
逆上するサム。一人で平気なわけがない。本当は狩だってさせたくない状態なのに。
自分が調査中の狩りは後回しにして、ディーンの居場所を探す。
携帯電話のGPSを利用して大体の地域を把握した。
次に他人のパソコン経由でクレジットカード会社のデータに侵入する。
多分、使うと思った偽造カードの利用履歴を見つけ、滞在先のモーテルを突き止めた。
現地に飛んで、ドアを叩くまでの所要時間、移動含め7時間。
「ディーン、見つけた」
「サム」
開けなかったら蹴り破ってやると思っていたが、観念したのかあっさりとドアは開いた。
「どういうつもりだよ」
腕を掴んで引き寄せる。
その手をディーンが振り払う。
「だって兄貴、俺といると変じゃないか。狩りの最中に何か考え込んでるし、突然座り込んだり、走り出したり。俺を何か心配してるのはわかったけど、あんなんじゃ兄貴の方が危ない」
「だから、こんな風に離れるっていうのか。僕がディーンを見失って心配するとは思わなかったのか」
「連絡は入れただろう」
「じゃあ僕が一人で狩をするのを危ないとは思わなかったのか」
「だって、その時は俺を呼ぶだろ?・・・呼ばない気だったのかよ」
なんて言い草だ。相手を心配するのは自分だけだと思ってるのか。
確かにここのところの自分は挙動不審だったに違いないが、そのことはさっくりと棚上げする。
「とにかく帰るぞ。チェックアウトして来いよ」
と、促すが
「まだ仕事の途中だ」
ディーンはかたくなな表情で動こうとしない。
「じゃあ、終わらせよう。状況を教えてくれ」
入り口に立つディーンを押しのけて、サムは室内に入った。除けるものならやってみろ、とばかりに一つしかない椅子にどっかりと腰を下ろす。
「俺一人で平気だ。少しは任せろよ」
うんざりしたように、入り口に立ったままディーンが抵抗する。
「二人の方が早い。・・・・何も言わないなら、分からないまま付いていくぞ」
きっぱりとサムが言い切ると、諦めたようにディーンがため息をついた。
サムの宣言どおり、2人で狩りを片付け、欲しかった資料も確認した。
ぶつくさ言うディーンを引っ張って、着いた先は空港だった。とたんに大人しくなっていたディーンが騒ぎ出す。
「飛行機!?やだぞ俺。インパラは?」
「ボビーのとこ」
「俺ヒッチハイクして帰る」
「だめだ」
「鉄の塊なんだぞ!あんなもんが飛ぶのがおかしい。絶対落ちる。死にたいのかよ」
「寝不足で運転するよりずっと安全で早い。乗ったら寝てろよ。手を握っててやろうか?」
「いらねーよ!んなことしたって落ちるし!」
「うるさい。家長命令だ」
「うう・・・」
ディーンが黙った。
すばらしきろくでもないウィンチェスター家の年功序列制度よ!
(20数年最下層だったんだから、こんな時くらい活用させてもらわないとね)
自分が制度にちっとも従順じゃなかったことはまたも棚上げし、サムは満足げにディーンをひっぱってチェックインカウンターへ向かった。
機内で。
離陸アナウンスが入ると歌いだし、半ばパニックのディーン。
「歌うなよこんなところで。しかもなんでメタリカ!?」
「うるせーよ、機内音楽が切れたから自分で歌うしかねーだろ。うわ、うわ、揺れたー!」
「だまれって!」
なんとか黙らせた離陸中、サムが横を見るとディーンは呼吸困難を起こしそうになっている。
「・・・て」
「ディーン?」
「兄貴、手!」
囁き声で怒鳴られる。
見下ろすとひじ掛けの下で手をパタパタさせている。
(機内で歌うくせに、こういうところでは見栄をはるのか・・・)
呆れながらサムが軽く手を握ってやると、ぎゅうぎゅうと力の限り握り返してくる。
ディーンの顔は前を睨み付けたままだが、その必死さにまるで縋られているような気になった。
窓の外をちらっと見ては、ディーンの身体が強張り、サムからは息まで止めてしまったように見える。
「目をつぶってなよディーン。ほら、息吐いて」
さすがに気の毒になって優しく声をかけた。
「吸って、吐いて・・・そう」
ディーンは目をギュッとつぶり、サムの声にしたがって震えながら息を吐いている。
何だか妙な気分になって、サムはそっと手を引きかけた。とたん、必死な感じに握られる。
「分かったよ、離さないから」
小さく、周りに聞こえない程度の声で耳打ちすると、少し力が緩んだ。
「そうだ、もう目を開けていいよ」
言いながらもう上昇しきって雲しか見えない窓を閉めてやる。
サム自身は離陸して地面が斜めに遠ざかる風景は好きなので思いつかなかったが、もっと早く閉めてやればよかった。
ディーンはゆっくり目を開けて、眉間に皺を寄せながら機内を見回した。
1時間少しのフライトで座席は疎らだ。客同士が離れているせいか、こちらに注意を向けてくるものもいない。
乗務員が正面から近づいて来て、手をつないだままのディーンがピクリと反応する。サムはとっさに脱いでいた上着を繋いだ手にかけた。
乗務員が通り過ぎた後
「ごめん」
こちらを見ないまま、小さな声でディーンが謝った。
「変な真似、させて、ごめん」
震える息を吐き出している。
「いや、いいよ。気にするな」
むしろ疎らな乗客がいなければ、この場でぎゅうぎゅう抱きしめてやるのになあ、とサムは考える。
帰って、とりあえずボビーの家にインパラを引き取りに行き、その日はそのまま泊めてもらう。
サムが放り出したままだった資料を見直していると、また視線を感じた。
(何なんだよこの間から)
思っていると隣の部屋でボビーがディーンに話しかけている。
「どうした、何見てるんだ」
「ん、サムがさ、調べ物してる」
「そうだな」
「カッコイイなあと思って」
ぶ。
ボビーが吹いた音がした。
サムも危うく吹きそうになるが、盗み聞きがばれるので、必死に堪える。
「親父もかっこ良かったけど。兄貴はまたタイプが違うよな。頭良さそう・・・っていうか、頭いいし」
「あー、お前はどうなんだ?」
「オレ?そりゃ俺はいい男だけどなモチロン」
笑っているのだろう。ボビーと一杯飲んでいるのかもしれない。微かにアルコールの香りがする。
「だからさ、あんなにカッコいい兄貴が、俺が傍にいると最近変なことばっかりするから嫌なんだよな・・・」
「あー、それはだな。変なところもお前の兄の一面なんだ。認めてやれ」
ありがとう、ボビー。ものすごく言葉を選んでくれて。
「うーん・・・」
その後もディーンはボビーと何か楽しげに話している。
しばらくこっちに来ないでくれ。多分、僕の顔は今真っ赤だ。
マウスを無意味に動かしながら、サムは深呼吸を繰り返した。