今 コピペしようと思って見返したら、このぺーぱー本文だけで8ページありました。
ムパラではこれに表紙と奥付つけたんですよね。
………何を考えていたんだムパラ前の私。
無配はいいけど、ペーパーじゃないだろうどう考えても。
ある日ジェンセンは「将来の夢は」という話をジャレッドとしたのだが、「ヨガのインストラクターになって自分のジムを持ちたい」と素直に言ったら激昂された。
「ななななななんでそんなに怒るんだ?」
トレーラーの外に退避しながら尋ねると、
「それはつまり今の仕事は腰かけだって言うことだろう!」
と怒鳴られた。ああなるほど。それはジェンセンとしても納得する。ジャレッドは子供の頃から沢山の舞台や番組に出ているし、小さいうちからしっかりと演技の学校に通い、本当に真剣に俳優という仕事に打ちこんでいる。二十四時間三百六十五日が洒落にならないくらいだ。逆にだからこそあそこまでできない、ともジェンセンは思う。自分の姿が見るに堪えるのは演技の最中だけだという気がするのだ。ジャレッドのインタビューやトークショーは、役柄から離れても魅力的で楽しいが、自分が受けたインタビュー映像というのは、恐ろしくみっともなくて見るに堪えないことが多い。ジャレッドは「だから普段の自分の振舞いも見せ方の研究と練習がいるんだ」と主張するが、みっともなくぼそぼそ喋っているのはまさに自分らしい自分だとも思うので仕方ない。仕事外の時間には自分の顔の角度よりは、新しいヨガのポーズを研究したり、ハーブや自然食品を試している方がいい。
「次のインタビューの時なんだけどさ」
しばらくたって、ランチを取りながらジャレッドが話しかけてきたので(もちろん左右にはミラー女子同行だ)、ジェンセンはそっと逃げ道を確認しつつ頷いた。
「なんだ?」
「インタビューはプロモーションを兼ねてるから、僕らも素のままでというよりは、少し設定を作っていった方がいいと思うんだ」
「なるほど」
正直、『地のままでいいです』という注文が一番苦痛なジェンセンとしてはありがたいアイデアだ。
「どんな感じでいくかな…」
呟くとジャレッドが身を乗り出してくる。
「もちろん、今までのインタビューがあるから、あまりにも別人にするわけにはいかない。不自然だろ」
「そりゃそうだな」
いつものぼそぼそしゃべる自分を思いだしてジェンセンは少しばかり気が沈む。
「僕のイメージとしては、いつもよりも少し役柄に近い部分を出そうかと思うんだ」
「というと?」
訊くとジャレッドは少し考え込む顔をした。うつむいたその顔は伏せた目といい、軽く親指を唇に当てる仕草といい、本当に綺麗だとジェンセンは見とれた。ジャレッドはあれこれ考えずに動けば、それで十分魅力的なのに。後ろでミラーを持って歩いている女の子たちの労力には敬意を払うけど。あれは腕が疲れる。
「ドラマが今深刻な状態だろ。その途中でのインタビューで、僕らがあまりに明るいのは気分が削げるって言われたことがある」
「じゃあお前は基本的には明るく、馬鹿笑いは押さえて、ドラマの今後の展開については茶化さずに緊張感をもって話す感じか」
「あんたは…」
「ディーン風に受け答えするか」
「そこまでだとやり過ぎだ。言う言葉の内容はいつも通りで、態度だけ少しふてぶてしい雰囲気で行きなよ」
「いつも通りでふてぶてしい…?」
途端にへどもどした態度になるジェンセンに、ジャレッドは舌打ちをこらえつつ提案する。
「あんたは想像するよりも具体的に練習した方がいいと思うよ。インタビューで訊かれることは、結構似たような質問が多いだろ。例えば、自分の役以外で共感するキャラは?とかさ」
「ああ、なるほどな」
そう呟いたジェンセンの顔が、急に皮が一枚剥げ落ちたように精悍さを帯びる。ニヤリ、と口元を曲げて笑った。
「『共感するのはキャスかな。人間臭くなってきたし』…こんな感じか?」
「そう。でもちょっと今のだとディーンに近すぎるかも」
「うん、確かにな」
「ファンとのイベントでならいいけど、インタビュアーだとまずい」
具体的な対策の話になると、タイプは違えど二人とも研究熱心なので熱中しやすい。
唐突に主演俳優二人がランチのテーブルで交互にインタビュアー役をやりつつ即興想定問答をやり始めるのをスタッフは遠巻きにみていたが、邪魔をするとあらゆる意味で後あと厄介なので誰も近づかなかった(ミラー女子をのぞく)。
「あ、そうだ。この間分けてもらったジェルは良かったから、自分でも買うことにしたよ」
練習に一区切りをつけて立ち上がりかけたところで、ジャレッドが言った一言にジェンセンの表情が変わった。
「そうか!よかった。あれは中に液体状にした金属成分が入っていて、塗ると筋肉の電気の電気の伝わりかたが良くなるんだ」
突然良く分からない用語を立て板に水で並べられてジャレッドは困惑する。
「……うん、まあ理屈はともかく、痛みが楽になったよ」
「だろ。痛みをかばうと他の部分にも不自然な負荷がかかるからな。あとあれだぞ。アクションシーンの後の筋肉痛は、乳酸が溜まって起こる場合があるって言っただろ」
「ああ、そうだね」
「乳酸の分解にはクエン酸がいいんだが、クエン酸が豊富に含まれるのは黒酢なんだ。ビネガーだ」
「そ、、そう」
「そのままで飲むとむせるから、フルーツジュースと混ぜたり、少し水で希釈した方が飲みやすい。一日ショットグラス2杯でいい。あ、乳酸対策の話だったな、それなら勿論運動後に飲むといい」
何だか顔が紅潮して、ものすごくハイテンションになっている。なるほど本人がこの方面に熱意を感じているのはものすごく良く分かったが、ちょっと熱心すぎてジャレッドは腰が引けてきた。
「ビネガーそのものと、錠剤タイプを持ってる。お前、どちらが飲みやすい?」
いきなり選択を迫られる。この間もちょっと『肩が痛い』と言ったらこの有無を言わさぬ強引さで、なんたらいうジェルの試供品を『いいから一度使ってみろ』と渡されたのだ。ジェンセンの場合、それで自分が売ろうというわけではなくて、どうも単純に持っている者の効果を披露したいだけらしいので断りづらい。
「じ、錠剤かな」
なのでまたジャレッドは答えてしまった。次の行動は見えている。
「そうか!」
ジェンセンは頷くと、あっという間に自分のトレーラーに駆けていってしまった。そしてものの数十秒で帰ってくる。
「あのな、食品だから食べ過ぎってことはない。基準量は一日2カプセルだから、動いた後とかに飲んでみるといいと思う」
取りあえず一週間分、と小さな密閉袋を渡された。身体のためならサプリメントは摂るが、正直ビネガーは苦手なジャレッドは、黒っぽく光る錠剤を少し憂鬱な気分で見つめる。
「コーティングされてるから味はないからな」
表情を読んだかのようにジェンセンが付け加え、ジャレッドはホッとして頷いた。
「ありがとう」
ジャレッドには珍しくストレートに礼を言うと、ジェンセンがニコリと笑って頷く。それから少し周りを見回すと、少しためらいながらもう一つ小ぶりなチューブを取り出した。
「あとな、この間のジェルは肩や足の筋肉にもいいけど、これはもう少し濃度が高いタイプだ」
「ああ、だから買うことにしたって」
「全身どこにでも使える」
「わかってる」
「血行が良くなるから、顔や首にもいい」
「ああ。まあ、顔は普段使ってるのがあるから」
「と、…頭皮にもいい」
言った内容よりも、その言いにくそうなジェンセンの様子から何が言いたいのかが瞬時に伝わり、ジャレッドは自分の顔全体に青筋が立つのを感じた。思わず息を吸い込んだ瞬間、ジェンセンはものも言わずにダッシュで消える。
周囲を見回すが、ジェンセンもその辺は確認をしていたようでスペースの声が届きそうな範囲に人影はない(ミラー女子は除外だ)。テーブルの上に置いて行かれたチューブを一瞬置いて行こうかと思い、しかし他のスタッフに見とがめられるのもめんどくさそうなので結局手に取った。
それ以来、ジェンセンは見事なほどに撮影時以外ではジャレッドを避けるようになった。それはもう見事なもので半径5メートル以内には近づかないといってもいい。磁石のプラスとマイナスのようだ。メイクのトレーラーなどはキャスト皆が共用だから絶対会うのに、この間もジャレッドが向かおうとした直前にローブをひっかけた恰好で飛び出していった。ばたばた走り去るのを遠目に見たら顔にいつもの泥パックを塗ったままだったので、何となくびっくりしてみていたら、
「そりゃあ、そんな不穏なオーラ出してたら逃げるだろ」
と訊いてもいないのにミーシャが横から口を出すので無視した。
ベンチに腰掛けて二人してビールを飲む。ディーンは遠くを見ていて、サムはその兄に物言いたげな視線を向ける。
その視線に気付いたように、パチリとひとつ瞬きをして、ディーンが視線を向けてきた。しばらく見つめあった後、微かに目尻にシワを寄せて笑う。
疑いと信じたい気持ちと、愛情としか言い様のないものがその目から伝わってくる。言葉にはしない何かで、兄弟は話をしている。
「よし、オッケー」
だがカットの声がかかると、ディーンは即座に目をそらし、そそくさと自分の休憩椅子に移動する。ちなみにジャレッドの椅子からはやっぱり5メートルくらい離れている。
(何なんだその態度は。)
ジャレッドとて切り替わっているし、役者には当たり前のことなのだが、自分より先に相手が離れるというのは気にくわなかった。
気に食わないことは他にもある。
「このドラマの中で好きなキャラクター?断然サムだな!ドラマが終わったらサムとインパラを自宅に持って帰りたいよ」
インタビューにジェンセンが珍しく快活な口調で答え、隣にいるジャレッドは思わず引きつりそうになる。
そう、半径5メートルに近づかないくせに、ジェンセンは「サム」のことが大好きだと以前から公言している。何となく理不尽だ。
「じゃあジャレッドのお気に入りのキャラクターは?」
当然のように自分にも向けられる質問に、ジャレッドは『話の成り行きを面白がっている』笑顔でにっこり笑ってみせた。
ジャレッドは決心した。
(つかまえてやる)
この間のことについて文句を言おうというのじゃない。(言おうかと思った瞬間もあったが、もはやタイミングを逃したし実のところ例のジェルはかなり効果がある感じだ)とにかく相手が「おつかれ」の一言すら言わずに飛び離れる状況が気に食わない。
「カット!」
見つめ合うシーンで(今さらだがこの兄弟は見つめ合うシーンがやたらと多い)声がかかった後も、ジャレッドは『サム』のまま視線を切らなかった。例の憑依状態を解いたジェンセンが戸惑うように、だが逃げずにそのまま立っている。
「おつかれ」
『サム』のままニコリと笑ってみせると、ジェンセンは面白いほどおたおたしながら、
「ああ、お疲れ」
と頷き返してきた。
(よし!)
目標を達成したジャレッドは内心でガッツポーズを取る。だがジェンセンの耳が薄っすらと赤くなっているのを見た瞬間に、もう一段階高い課題を設定することにした。内心でオーディション並に気合を入れ直す。やり直しはきかない一発勝負だ。『サム』のまま、サムが言ったことがないセリフを口にする。
「今日の撮影終わったらさ、ちょっと飲みに行かない?」
ジェンセンが目をまんまるに見開き、しばらくぱちぱちと瞬きを繰り返している間、ジャレッドはじっと耐えて『サムのパピーアイ』を維持していた。やり過ぎては不自然だから加減が難しい。
「い、いいが」
随分と長く感じた数秒の後、ついにジェンセンは目を見開いたまま呟いた。
「よし」
思わずサムモードが解けたが、もういい。ジャレッドは満足して笑い、ジェンセンはこれまた見事なまでに真っ青になる。
「じゃあ、後でクリフに車出してもらおう」
何か言いたげに口を開きかけるのを制して、ジャレッドは今度は自分の顔で笑った。
ジャレッドの内心のチャレンジなど、周囲のスタッフの知るところではなかったが、とりあえず一連のやり取りはカメラの前で行われていたので、自業自得ではあるがばっちりと記録に残り、そのシーズンのDVDの特典映像に使われることになるのだった。
おわる
生ものってむずかしいですねえ…