ムパラ25の無配ペーパーその2です
仕事柄普段から寝不足が常態化しているサムは、土日はとにかく睡眠補給に当てている。寝すぎも生活リズムが狂ってよくないという話も聞くが、絶対量が足りないので裁判所も一般の企業も病院の受付も休みの週末は中断されずに眠る貴重な時間だった。
久々に寝たいだけ寝て起きるともう昼近かった。あくびをしながらシャワーを浴び、さすがに起きようとリビングに向かうと、とっくに起きていたらしいディーンが、ソファで雑誌を読んでいた。
「よう、起きたか」
「おはよう」
今週は週末仕事が入らなかったらしい。狩りに行くことはめっきり減ったが、その分普通の仕事が増えているようで、ディーンが週末家にいることは意外に多くなかった。
「コーヒー飲むか?」
「あるの?飲む」
いい匂いがしているのは気づいていたが、残り香でないならラッキーだ。カウンターに近づき、注いでくれたマグを受け取る。
「なんかこれ美味しいね」
一口飲んで呟く。いつも事務所のコーヒーメーカーで煮詰まったものを飲んでいるせいだけではなさそうだった。豆がいつもと明らかに違う。兄の方を見ると予測していたようにニヤリと笑われた。
「サミーちゃんのお誕生日スペシャルだからな」
半ば想像通りではあったが、嬉しいことに変わりはない。
「ありがとう。コーヒー淹れるの上手いね」
「少し店にいたからな」
キッチンの様子を見たところ、コーヒーメーカーではなくドリップしたらしい。転々と色んな職に就いていたのは知っていたが、こんなことまでできるとは知らなかった。普段まったくしようとしないので余計だ。顔に出たらしく、
「こんな時間かかることやってられっか」
と言うので笑ってしまった。コーヒーの効果か笑ったせいか、食欲も出てきた。兄の方を見ると視線が合い、何となく期待して、
「食べるものもあったりする?」
と訊くと、ニヤリと笑って、
「良い勘だ」
と返された。
「ほれ、座ってろ」
そういってテーブルを指すので大人しく席につく。待っているとガスに火がつき、フリッジが開けられる音がして、カラフルな皿がぞろぞろテーブルに出てきた。
「え?え?これなに」
せいぜい出てきてもベーグルとサラダとか、パンケーキくらいかと思っていたのでこれは意表を突かれた。何と言っても野菜だ。そしてえらく凝っている。サラダにスムージー、スープにパスタ。さらに何だか見覚えがあるのだ。
「前にちょっといた店が、やたらと菜っ葉や豆ばっか出す所でな」
「あ。その店知ってる」
時々ランチを食べに行ったことがある。店の女主人からディーンがいたことも聞かされていた。覚えもいいのにさっさと辞めてしまったと惜しがられていたのもだ。言うとディーンは肩をすくめた。
「うう危ねえ。危うくお前にいらっしゃいとか言うところだった」
「惜しいことした」
満更冗談でもなく言うが、ディーンは「冗談じゃねえ」とそっぽを向く。ハンター以外の仕事をしている所を見られるのは基本的に抵抗があるらしかった。
「まあ、そんなわけでそこのメニュー再現だ。夜用のメニューも混ざってるが、気にせず食え」
「食べる食べる!」
思わず本気で叫んだら笑われた。
「本気で菜っ葉好きだな」
そして「冷めるから食え」と促される。どれから手をつけようか目移りしているうちにオーブンがチンと鳴ってディーンが席を立つ。蓋を開ける音がして、香ばしいパンの匂いがした。
「すごいよディーン。何年もいたわけじゃないのに、こんなに覚えてるの」
確かに女主人は『一通り教えた』とは言っていたが。そう言うとディーンは微妙な顔をする。
「自分が作らされた分だけだ。新入りにやらせるくらいだから難易度は低いんだろうよ」
「そうかあ…」
サムの仕事が終わる頃は、大概の店は閉まっているので、実は弁護士の食生活は意外にワンパターンなのだ。ディーンの元バイト先も朝と夜には行ったことがない。
「それにしても、色合いとか細かいところまで店っぽいね」
「材料の分量や大きさが同じだからな」
何となくその言い方がおかしくて兄を見ると、
「薬の調合と同じようなもんだろ」
と本気の顔で言われた。ああなるほど。料理と言う感覚はないのか。口に運ぶと、味も完璧に店と同じとはいかないが、かなり近い。ほとんどを平らげると、作った張本人が、
「…よくそんなに菜っ葉ばっかり大量に食うな」
と失礼なことを言う。
「ケーキもあったりする?」
そう訊くと、微妙な顔をされた。
「さすがにそれはディナーの時の方が良いんじゃねえのか」
「え。夜まで作ってくれるの」
「アホ抜かせ」
顔を見合わせて、しばらく間が空く。
「えーと、じゃあディナーって」
「お前、今日の予定はないのか」
まじまじと見つつ尋ねられる。
「え。気力があったらスーツをクリーニングに出しに行くけど」
あとは基本寝てる。そう言うとディーンはバリバリと頭をかいて、
「最近付き合ってる美人はどうした」
と言った。よく言わないのに知っているなとは思うが、さすがに細かい事情は分からないらしい。
「彼女は出張中。お祝いメールはくれたけど」
「へえ」
0時ジャストに着信したので、もしやと思い即レスしたら反応がなかったので、多分タイマー送信だ。自分も同じようなことをするので判る。午前0時の弁護士は大概疲労困憊しているか死んだように眠っている。
「というわけで家にいるよ」
そう言うとなんだか哀れなものを見るような目で見られた。
「侘しい奴」
「まあ、そんなわけで片付けは手伝うよ」
失礼な発言はスルーして、キッチンに近づいて驚いた。遠目にはわからなかったが流しの中で色とりどりの野菜の残骸や使いかけの調味料が小山のようになっている。ディーンが何もかもまとめて捨てようとするので慌てて止めた。
「待ってよ勿体ない」
「取って置いてどうすんだ。俺は食わねえし、お前だってこんなもん使う暇ねえだろう」
「でもちょっとしか使ってないじゃない」
「置いといても腐るだけだ」
押し問答の末、使いかけの野菜はフリッジに、余ったソース類は冷凍庫に、そして調味料はがらがらの食品庫に収まった。昼まで寝ていたので、片付け終わったら夕方だ。
「当分野菜は見たくねえ」
食べてもいないのにそういう兄のぼやきを背中に聞きながらサムは今日の目標であるところのクリーニングを出しにいく。
その後誕生日のディナーは歩いて行けるチャイニーズの夕食に変わり(これはサムのおごりだ)、サムは新しい彼女と結局迂遠になった。お互いの忙しさに理解がある分、無理をしても会わねばという動機につながりづらく、気が付けば時間がたっていたというのが正しい。そしてしまいこんだ野菜類は兄の予告通りフリッジの中で徐々に古くなり、やがて十分にミイラ化したので、サムも諦めてある週末にまとめてゴミに出した。
ちなみに誕生日が週末だったことを知る同僚たちから、「週末はどうだった」と訊かれたサムが、普段ジャンクフードだらけの兄が野菜メニューを作れる驚きをうっかり語ってしまったので、事務所内のブラコン疑惑はさらに深まることになった。
おわり
そんな感じに淡々暮らしてる兄弟