今度は一か月も放置しないと心に決めたので早目の更新でーす。
でも、でも36度なんてふざけた気温のせいか、頭にあったはずの流れが今一つぼんやりしてしまいました。
でもまあいいやアラブ―だし!あんまり変だったら後で直せばいいし(おい)
行きとは違って数人の侍従の同行のみであっさり帰る。部屋に入って灯りをつけると、結局ほとんど手つかずだった書類とDVDを荷物からとりだしながら、室内を見回した。休みは三日ほど残っていたが、部屋は出かけたままの状態で買い出しも何一つしていない。
どうも残りの休みは片付けと買いだしで消えそうだな、と思い、ディーンはため息をついた。
・・・
「あら、でもサムと過ごしてきたんでしょ」
「良かったじゃない」
久しぶりの茶会は相変わらずだった。風通しの良いテラスで花の入った茶を飲んでいるマディソンとメグは、どこから仕入れるのか宮殿の中の様子も実に良く知っている。
「まあな」
いかに気安い雰囲気とはいえ、主に呼ばれて迷惑だなどとはもちろん言えない。そして良くないと言いきれない休暇だったのも確かだった。そんな態度をどう思ったのか、マディソンが不思議な表情で笑う。
「仕事に戻ったら、きっといいことがあるわよ」
「?」
意味が分からず見返すと、メグがくすくす笑いながら、ディーンが被っている布を指す。
「それ、サムからもらったでしょ」
「ああ」
ディーンは頷く。というか、この国に来て以来、服の大半はサムから支給されたものだった。怪訝な思いが顔に出たのだろう、メグが続けた。
「サムの紋章が入ってる。ディーン用に作らせたのね」
「…多分な」
確かに、帰り際に何枚か渡された被り物用の布地には、全て端に同じ紋章が入っていた。
「仕事の時も、それを着けるといいわ」
「そうね」
「…そうなのか?」
訊くと二人は揃って頷く。そう言う二人が身に着けているスカーフにも、サムの紋章が入っているのは前から知っていた。宮殿内で見かける女性たちも多く身に着けているのを見ている。
「サムが新しい人を連れてきた時にはよくあげているけど、長くなった相手に渡すのは珍しいわ」
「新しい品だし、多分ディーンが一緒にいる間に作らせたんでしょうね」
そう言われて少しばかり首が熱くなりそうなのを何とか抑える。どの時点でサムがその気になったのかなどわかるわけもないが、恐らくはサムに手を伸ばされた自分が呆気なく陥落した後だろう。
そう思うとわーっと喚いて今すぐむしりとりたくなるが、見透かしたようにメグが「それ、脱いじゃだめよ」と釘をさしてきた。
「…わかってる」
サムの紋章付きのものを意図的に人前で脱いだら、それこそどうなるか分からない。
それに、そもそものきっかけは上司であるロキの「廃棄しないなら現役愛妾としての箔をつけろ」という注文だ。せっかく箔の証明のようなものを手に入れたのだから仕事に活用できる限りするしかなかった。
「『さいごの人』がサムの部屋で過ごして、紋章入りのものを渡されたのよね」
「ねえ」
二人が何となくうきうきしたように話すので、
「まだ、俺が最後なのか?」
と訊くと一斉にきゃあっと笑われた。
「だってディーン、だれも居なかったでしょ。宮殿の中のひとたちに聞かなかった?」
そこで女性だらけの環境だったのでサムと一緒の時しか部屋から出られなかったこと、だからそういった話を聞く機会もなかったと言うと、二人とも肩を震わせながら笑いだす。
「そうね…サムはきっと真面目にそう思ったのよね」
「衛兵も侍従もあの宮殿内うろうろしてるのにね…誰か付ければいいだけなのに」
ディーンとしては、女性だらけの場で自分が行動を制限されたのはもっともだと思っていたので、その点は可笑しいと思わなかったが、呼吸困難になりそうなほど面白がっている二人に反論するのはやめておいた。
マディソン達がなかなか笑い止まないので、皿に盛られた揚げ菓子を口に放り込む。噛み砕くとアーモンドとレモンの香りがした。この国に来てから、アルコールを口にすることがめっきり減っている。
(体脂肪もこのところ測ってないな)
残りの休みに、ジムでも探してみようか。
あの強烈な奥方達の言ったことが色々気にかかってはいたが、ここで聞くのが適当か何となく微妙な気がしてディーンは開きかけた口をつぐむ。
茶器に浮かぶ花びらから中庭の樹に目を移し、休み明けの仕事がスムーズに再開できるといい、とぼんやり考えた。
仕事に戻ってみると、スムーズな再開どころではなかった。前からサムとの関わりは公然だったとはいえ、名目だけのお払い箱寸前と現役の愛妾の差をディーンは実感することになる。
「やあお久しぶり。お待ちしていましたよ」
行く先々で満面の笑みで迎えられ、用意していた商談は、
「ああいいですとも」
とあっさり受けられる。もちろんその後に細かい詰めはあるものの、スムーズさが段違いだ。しかも話が終わった後も茶だ菓子だとひき止められる。
「お。いいじゃねえか。殿下御寵愛の箔付けばっちりだな」
ロキは上機嫌だが、ディーンは複雑だった。何だこれは。俺は仕事をしているのか、接待を受けに行っているのか。しかし成果が上がって悪いわけもない。
もともとこの国では仕事でも縁故や知己を通じたやり取りがスタンダードだ。
誰もが「友人の紹介」だの「遠縁の親類」だのを使って商談をするのが当たり前なので、そもそも身内も知己もないディーンは、同僚たちに比べてかなりのハンデを負っていた。
今回サムとのつながりが実在すると認められたことで、やっと周囲と同等に近くなれたともいえる。だができるならばサムの威光に関係なく、自分の努力と実績でこんな状態に持っていきたかった。今の自分は分かりやすくサムの七光りで仕事をしている。虎の威を借りる狐だ。商談の帰り際に、
「殿下によろしく」
などと微笑まれると何やら胃が痛くなる。期待させて申し訳ないが、サムには滅多に会わないし影響力もないのだが。しかしわざわざ言う必要もないのでそんなセリフに当たるたびに、
「はい。お会いした折には」
とにっこり笑ってみせていた。
そんなこんなでしばらく経ったある日、マンションに戻ると、同じフロアや上下の階に住んでいる隣人たちが、揃ってぞろぞろ出てくるのと行きあう。
「おい、なんだ?」
ちょうど出てきた隣人のベニーに尋ねてみるが、ベニー自身も良く分かっていないらしい。
「わからんが、上からのお達しで今日は外に泊まれと言われてな」
「何か事故か?」
「さあ。わからん」
夕方過ぎていきなり出ていけというのも無茶な話だが、代わりの宿泊所は近所のホテルに用意されているという。
ガス漏れなどの事故なら、近づかない方がいいだろう。
疲れてはいたがそのまま人波と一緒に移動しようと思ったディーンは近所の住人たちと一緒に駐車場へ向かう。と、突然周囲に見慣れた黒服たちが現れ、あっという間に逆方向に連れて行かれる。
「どこへ行く気だ」
ギョロ目侍従が眉間に青筋を立てるのに、ムッとして反論する。
「マンションを離れろって指示があったんだろう」
すると眉間の皺がますます深くなり、
「お前は部屋にいろ!」
と怒鳴られた。
マンションに入ると住民も大半は普段通り過ごしているらしい。退去させられたのはディーンの部屋の上下階と、両隣の住民だけのようだった。首をひねりつつ部屋に帰る。部屋の中は普段通りで、ガス臭いわけでもない。
なんだったんだ。
そう思いながら服を着替え、夕食をどうするか考えだしたところで玄関のベルがなった。
「誰だ?」
立場が立場なので普段ディーンの部屋への来客は皆無だ。出入りする侍従たちは合鍵を持ち、ベルも何もなく入ってくることが多い。
怪訝に思いながら外を覗く。
「………」
覗いてディーンは少し固まり、ため息をついてドアにぐったりともたれかかった。一つ深呼吸をしてからドアを開ける。
「約束通り会いに来た」
ドアの前の廊下には、ぞろりと後ろに黒服を従えたサムが立っている。
「……早いですね殿下…」
数か月以内と言ったのに、まだ10日あまりだ。
「入っていいか?」
入れないなんて選択肢があるのか、そう思いつつ見返すが、一見落ち着き払ったサムの顔が微かに緊張しているように見えて気が変わった。
「どうぞ」
そう言って招き入れると、にこりと笑ったサムがディーンの部屋に足を踏み入れる。と、思った途端に長い腕に抱き込まれる。
何だかこの国に連れてこられたすぐ後のようだ。
玄関先で強く抱擁されながらそう考えると、ちくりとどこかが痛むような気がした。
流れをまた見失って続く
あれ?流れが動くはずが動かなかった…