二人で暮らし始めた最初の頃、買い物計画はサムの役目だった。
ディーンは整備工の仕事をしていたが、ロースクールに通う学生だったサムは奨学金が頼りだったし、バイトをする間もろくにないハードスケジュールだったので、どうしても経済的に完全に対等とはいかなかった。だからサムは計画的に食料や消耗品を買うことで、なるべくディーンに余計な負担をかけるまいと思っていたのだ。
「あ、シリアルはこっちにしようよ。グラムあたりの単価が安い」
シリアルの大箱を睨みつつ、手元の端末で計算をしたサムがうなずく。
「大して変わんなくねーか?」
カートを押すディーンははっきりとめんどくさそうだ。両手に箱を持ったサムがくるりと振り向いた。
「ディーン、こっちのメーカー嫌い?」
「別にどっちでもかまわねえけど…」
それを聞くとサムはニコリと笑う。
「じゃあ、こっちでいいね」
笑うサムは子供の頃から可愛い。確かに可愛いのだが、ミルクからヨーグルト、トイレットペーパーにいたるまでこれをやられると、たかが買い物にえらく時間を食う。せっかくの週末、ディーンとしては早く帰ってビールでも飲みつつテレビを見たい。
ただ、車でほど近くにあるスーパーマーケットは男二人の生活に必要なものは大概そろえることができたので便利ではあった。
「朝のジュース何にしよっか」
「お前の好きなの買えばいいだろ」
「ディーンこの間、グレープフルーツが苦いって文句付けたじゃないか」
「あー、じゃあこっち」
「…それ、ココナッツミルクだよ」
「げ、やめだ」
クスクス笑いながらサムが、
「こっちはどう?」
と特売のアップルジュースをさし、「それでいい」とディーンは頷く。
単なるルームシェアなら、それぞれが自分の買い物をするわけだが、彼らの場合はもう少し生活が近い。こうして買い物をするのは、ある意味「一緒に暮らしている」ことを実感するときでもあって、色々文句を言ったり理由をつけつつ、二人ともその時間を楽しんでいた。
時は流れ、サムは学生から弁護士になり、二人の買い物も様変わりする。
「サーモンのマリネなら食べるよね、ディーン」
サムがカウンターの中に立つ店員に指で示しながら振り返った。目の下に薄っすら隈を作り、仕事帰りのコートのままだ。
「おお。ついでにセミドライトマトがあったら食いたい」
ディーンは向かいの棚からビールのパックをカートに入れながら、ショーケースを覗き込む。
サムは頷いて自分もケースの中に視線を移した。
「いいよ。あとミックスオリーブも買って行こう」
「そんなに食うか?」
「だってどうせ夜DVD観るだろ。つまみになるよ」
しばらく前にディーンが「別居」をしてからというもの、サムは真夜中まで仕事をするのを止めて帰宅するようになっている。
「お前な、何度も言うが、無理すんなよ」
「してないよ」
ディーンの方はサムの帰りを眠い目をこすりつつ起きている、などということは勿論なく、遊びに行っていることもあれば、ソファーでスナックをちらかしつつ居眠りをしていることもあれば、自室でさっさと寝ていることもある。それでも確かに起きて顔を合わせることは増え、スキンシップも自然と増え、それはもちろん悪くなかった。家で一緒に映画やスポーツ番組を観て過ごすのは、ここ数週間続いている週末の過ごし方だ。
「あ。ワインの試飲してるよ」
「お前、車だろ」
「ディーン飲んでみてよ。二三種類買って飲み比べよう」
「はあ?飲んだってわかんねえよ、お前選べよ」
こんなやり取りが、周りからどう見えるかを気にするのをディーンは止めた。
ばれた時はばれた時だ。
特に口に出したわけではないのだが、そう思って以来サムの機嫌が5割増しに良くなったのは感じている。そして眉間に縦ジワのサミーちゃんも悪くはないのだが、たとえ老けて頬が削げていても笑っていた方がサムはやっぱりかわいい。
「明日の夜、リブにしようか」
「いいぞ」
サムが指差す肉には、正直ディーンの理解を越える値段が付いているのだが、そこもまあ追及するのは止めておく。サムが好む高級スーパーは、ディーンがカードを出す気が全く失せる値段のものしか置いていないので、遠慮なく払いたい奴に払わせることにしていた。
ただ、最近やたらとディーンにワインを飲ませたがるサムが、どうも次の休暇にどこかのワインセラーにディーンを連れて行こうとしている風なのが不穏ではある。
小さなプラカップに入れられたワインは、少なすぎて味も何もわからないので、勧められた順に3本買うことにする。どうだ?と振り返るとサムが何だか変な顔をしてこちらを見ていた。
「どうした、サム」
「何でもない」
選んだワインに文句があるわけではなさそうなので、そのまままとめて会計を頼む。
「いいねえ、幸せそうで」
レジのおばちゃんにニッコリ微笑まれ、確かにな、と隣のサムを見やる。
「あんたもね」
訂正するようにそう言われて、ディーンは少し言葉に詰まり、だが嬉しそうに笑うサムの顔をもう一度見てから、
「まあな」
と肩をすくめた。
というわけでここまで。
やっぱり悪魔もいない世界だと果てしなくイチャイチャするよこいつら。いや、イチャイチャすらしてないか。買い物してるだけでした。すみません。でも平和でしょ?お誕生日おめでとう!!
[32回]