新刊の冒頭部分です。
昨日泊まったモーテルはこんな内装だっただろうか。
そう思った次の瞬間、宿ではなく一般の住居だと直感する。身体を動かさないように見回すと、小花模様の壁紙はともかく、チェストの上の花瓶といい、窓辺で揺れているチェックのカーテンといい全体的に少女趣味な部屋だった。
拘束もされてないが何故自分がここに寝ているのか分からない。前後の状況を思いだそうとするが、頭がぼんやりとはっきりせず、諦めてまず今の状況を把握することにした。
ベッドの上に仰向けになっていた。光の加減からいって今は午後だ。横になったまま耳を澄ますと、特に隠そうとする様子もなく階下でパタパタと歩き回る音がする。そして余り動かない気配がもう一つあった。
期待せずに体を探ってみるが、予想通り武器の手触りは無い。足首のナイフもなくなっていたので、諦めて丸腰のままそっと身体を起こす。ベッドの脇には靴が妙にキチンとそろえて置いてあったので、履いてゆっくりと部屋を出た。
廊下に出ると不意に既視感に襲われる。この色。この階段。
そして階段に近づくと、階下から柔らかい声がかかった。
「起きたのね、ディーン。大丈夫?」
弾かれたように視線を向けると、当たり前のような顔をして昔死んだ母メアリーが自分を見上げている。
どうやらまた妙な世界に来てしまったらしい。
ディーンは思わずため息をついた。
(降ってこないといいけど)
サムは曇り空を気にしながら自転車をこぐ足に力をこめた。自宅までまだ一〇分はかかる。
サムの車は、バイト先の遠いジェシカが使っていた。駆け出しとは言っても弁護士になったのだから、もう1台中古車を買うこともできたが、サムの勤務先はそれほど遠くなかったし自転車を使えば運動不足の解消にもなる。それに将来ジェシカと結婚したあとのために貯蓄を少しでもしておきたかった。
もちろん企業を顧客にする部署に異動になったらすぐそれなりの車を買うつもりではあった。だけど今のところ車通勤でないとまずいような依頼人もいない。
何とか降りださないまま家に帰り着くと、留守番電話のランプが点滅している。メッセージは母からで、今日ジェシカと二人で夕食に来ないかという誘いだった。
(珍しい)
サムは少し首をかしげる。実家との距離は近いが、父親のジョンと対照的にきっちりと計画的な性質の母は、いつもならこうした誘いも一週間以上は前にしてくることがほとんどだったからだ。
(何かあったのかな)
母はジョンの営む小さな整備店で経理や事務を担当している。もしかすると店のことでさりげなく相談したいことでもあるのかもしれない。
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こんな感じです。