ディーンは相変わらず自分を弟だと思いこんだままだったが、日常生活に大きな支障があるわけではなかった。
「サム、俺先にシャワー使いたい」
モーテルの部屋に戻ると、荷物を放り出したディーンが言う。
またか、と半ばあきらめつつサムは
「えー?」
と声だけで抗議した。狩りの後で汗と埃でどろどろなのはサムも同様なのだ。ディーンは風呂好きで、いつも長い。先に入らせるとたっぷり待たされる上に湯が減ってシャワーの圧が下がることも珍しくないのだ。どうせ言っても聞きはしないが。
だがそう思いつつ振り返ると、まだそこにディーンがいるので驚いた。
「入るぞ?」
タオルを掴んだディーンがサムの顔を見ながらもう一度言う。どうせ止めたって入るんだからさっさと入ればいいだろうと言いかけてサムは固まった。違う。自分の了承を待っているのだ。
「…あんまり長くなるなよ」
「OK」
にやっと笑うとディーンはバスルームに消える。
…ダメだと言ったら譲りそうなのに、却って拒否できないのはなぜだろう。
サムは何だか動揺しながらバッグの中の武器を取り出したり戻したりしながらウロウロと考えた。弟と思いこんでいようとディーンは自分の希望ははっきり出してくる。その内容も普段と大筋では変わらない。
違うのはいつもなら「こうする、いいな」という宣言やら押し付けが大半だが、今は希望を出して、サムの意見を待っているということだ。
いや、人との付き合いとしては当たり前だ。
だがディーンが。あの兄が。僕に。許可を。
いやいやいやいや、普通のことだ。普通のことなんだが。
考えながらサムはまた全部出してベッドに並べてしまった武器を見つめた。こっちのバッグのは今回使っていないから手入れ不用だ。さっきから何回もしている確認をもう一度して、バッグに戻す。またやってしまった、いかんいかん。
さて、態度は殊勝でも、やっぱりバスルームを占領する時間は長かった。汚れた恰好のままでベッドに寝る気もせず、サムはイライラしながらシャツを脱ぐ。靴も脱いでしまうかと思いだした頃にやっと出てきたディーンに、
「遅いよ」
と文句を言った。すると、
「ごめん」
謝られて驚いた。顔を凝視すると本気でしゅんとしている。もちろんちょっとだが。
なんかこの顔見たことあるぞ。
サムの脳内メモリーは瞬時に画像記憶を検索しだした。少なくとも自分に向けられたことはない。そして記憶と該当するのは、ジョンに何か叱責された場面だ。
僕は、今、父と同じ扱いを受けている。
サムは咄嗟に雄たけびをあげたい衝動をこらえた。落ち着け自分。約束をしたのに守らなかったから文句を言ったら謝った、当たり前の流れだ。落ち着け。
だが兄が。あのディーンが。
雄たけびを飲みこんだら何だかしゃっくりが出そうになりつつ、サムは強いて穏やかな声で
「ま、いいさ」
と軽くディーンの肩を叩いた。父がやっていた動作と言うわけではない(というか父がなんにせよ謝られてすぐ許していた場面が思いだせない)が、サムは違う。謝られたら許すこともあるのだ。そして目に見えてディーンの肩から力が抜けるのを見て、再び何ともいえない衝動に襲われて慌ててバスルームに駆け込んだ。
あの兄が。サムに「いいさ」と言われてホッとしている。
大声で笑いたいが、怒っていたサムがいきなり笑いだしたらさすがに不審に思われるだろう。
なので再び大量の空気を飲むように漏れそうになる声をこらえつつシャワーのコックをひねる。心配していたほど湯の出も悪くないので、シャワーの音にまぎれて息だけで笑った。できれば窓を開けて月に向かって叫びたいくらいだがそこは我慢だ。良識だ。
ははははははは!何だかわからないが気分がいいぞーーー!!
しかし声は出していないはずが、どうも息だけでも変な音が出ていたらしい。
「サム、兄貴、変な声がしたけど大丈夫か?」
と心配そうな声でバスルームの外からディーンに心配されてしまった。
とかとか
うーん、久しぶりだからちょっと感じが違うか。
でもいいや。
古のネタ弟兄呪いが好きと言って下さった某k様もいらしたし!
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