サムがちっとも呪いを解く努力をしないせいなのかなんなのか、まだディーンの呪いは解けていなかった。
例によってダイナーで地元の新聞をめくりながら狩の情報集めの最中、ディーンがぐりぐりと記事に赤丸をつける。
「これ、くさいぜ」
「これが?」
サムはちょっと眉を上げる。記事からは単純な事故死としか思えなかった。
「ダッドと昔同じようなケースに当たったことがある。事故死に見えるけど、十中八九当たりだぜ」
「・・・こういうケースは初めて見るな・・」
サムが思わず呟くと、
「だって、兄貴は大学でお勉強中だったもんな。知るわけねえよ」
例によってすねた顔でディーンがコーヒーを啜った。
「あの頃のことは悪かったから、そう何度も責めるなよ」
サムが両手を上げて降参のポーズをすると、
「別に・・・そんなつもりはねえよ」
と、実に分かりやすくディーンが俯いた。新聞を横に置き、少し冷めたプレートをつつき始める。
ああ、またやってしまった。と、サムは心中で反省する。
「兄」であることを忘れているディーンは、実に素直にサムの前に感情を表す。今のように、サムがうんざりした反応をすると、見事にしょげる。
軽薄なジョークや減らず口は相変わらずだが、それでサムとの感情のやり取りをごまかすことはしない。
どうでもいいことのように流すこともしなくなった。
そんなディーンの反応をわかっていて、サムもついやってしまうのだ。
様子を見ていると、他の人間に対する態度は大して変わらないので、どうも素直なのは「兄」に対してだけのようだ。
と、いうことはおそらくかつては父にだけ向けられていた顔なのだろう。
タフぶるのはやはり変わらない(実際彼はタフだ)が、何を言ってもヘラヘラかわすディーンの内面が晒されているようで、ついサムはいろいろと試したくなってしまっている。
「じゃあ、このケースを調べてみよう。前回はどういう所から始めたんだ?」
明らかにわざとらしい話題転換だったが、
「ん、それはな」
と、ディーンはつついていた皿から顔を上げて乗ってきた。
呪いにかかる前でもディーンはそうだったが、「お兄さまが教えてやろう」とか「サミーちゃん」とかの余計な単語が省かれてみると、気遣いがはっきり分かる。
兄に気遣われると、ありがたいと思いつつもイライラしたり、うっとうしい感情を拭えないのに、弟として向けられるそれは、ただ愛おしいだけだ。
変なものだなー、とサムは自分を観察して思う。
調査の時の注意点、考えられる悪霊の種類、有効だった対処法。
ジョンの日記を取り出して並べながらするディーンの説明は簡潔で分かりやすい。
「なるほどね」
本気で感心すると、ディーンがペンを回しながら得意気な顔をしている。
余りに得意そうなので思わず手を伸ばして髪をちょっと撫でてしまったら、一瞬目を見開いて、次の瞬間ディーンは子供のように素直な顔で笑った。
サムはちょっと胸が詰まる。
今、自分が兄に同じことをされても、こんな顔はしないだろう。きっと、やめろよ、と振り払う。
子供時代に置いてきた表情だ。
でも、もしかしてディーンは。
思い当たって、憮然とする。
当たり前だ。サムが覚えている優しい手は、ほとんどがディーンのものだ。
父もまれにはに褒めてくれることもあったが、元々スキンシップが多い方ではなかった。
サムの見ていない所で、父がディーンを構いでもしていない限り、ただただ『兄』だったディーンはこういう体験が多分極端に少ない。
父さん!天国のどこにいるんだか知らないけど今すぐ出て来て、ディーンの頭を死ぬほど撫でてハグして褒めまくってやれよ!
思わず日記帳を睨みつけたら、不穏なものを感じたのかディーンにそそくさとしまわれてしまった。
多分、こんなにも兄気分を満喫してしまったら、ディーンの呪いはいつ解けても不思議はない。
その前にいろいろとディーンの本音を聞いておこう。
サムは狩の合間を縫って、ディーンを見つめ続けた。
ある夜。
モーテルの部屋を抜け出したディーンが、押し殺した声で電話していた。
「サムの様子が変なんだ、ボビー」
「上手く言えないんだが、何か違う。俺のことを妙にじっと観察してたり、突然変な動きをしたり」
「何かに憑かれてるのかとコーヒーに聖水混ぜてみたり、鉄に触らせてみたりしたけど変化ない。EMF反応もないんだ。でも絶対おかしいことは確かなんだ」
「何かが起こってるのに、このままじゃサムを、兄貴を守れない。もう、家族は兄貴だけなのに・・・!」
その後、ボビーが上手いこと宥めてくれたらしく、うん、うん、と頷きながらディーンは電話を切っていた。
まずい・・・・
サムが眉間を押さえていると、手元のセルフォンが鳴る。表示はボビーだ。一呼吸置いた後、観念して通話ボタンを押す。
『何をやっているんだお前は!!!』
覚悟はしていたものの、まるでジョンが乗り移ったかのような怒号だ。
この間出て来いと呼んだから、天国から降りてきてボビーに憑いたんじゃなかろうか。
その後サムは延々とボビーから人生初めてじゃないかというくらい頭ごなしに説教をされた。
さすがのサムも反省したが、
「心配かけてごめん」
と謝ったところ、目を赤くしたディーンが首にしがみついてきたので、反省も後悔も空の彼方に消えてしまったとさ。
兄として、弟を可愛いと思うのはありだろう。
でも、自分を心配して泣く弟を見て、無茶苦茶可愛いと思うのは、ありなんだろうか?
でも可愛い。
文句なしに可愛いぞ。
なんて可愛いんだこの弟は!
感動のままにぎゅうぎゅう抱きしめていたら、呼吸困難を起こしそうになったディーンに、頭突きをされてしまった。
・・・というわけで、ディーンの呪いは解ける気配が無い。
T様~某所のネタが忘れられず、つい使ってしまいました。