なんてこった。
解けてない。
後ろからがっちりと抱きしめられたまま夜が明けて
(後始末はしてたのでマッパでなかったのが唯一の救いだ)、
まんじりともできなかったディーンは、「うわ」とか「ぎゃ」とか、何かしらの反応が起こるのを息を殺して待っていた。
だが。
もぞりとサムが目を覚ました気配がした次の瞬間、胴体に回された腕にさらに一層力がこもり、項をそっと唇が辿る。
え?
固まっていると、耳の後ろにキスが移ってきた。
思わず振り返ると、まだ眠そうな顔で、でも柔らかく笑ったサムが
「おはよう、ディーン」
と啄むようなキスをする。
「どうしたの?眠れなかった?」
そっと親指で目の下を辿られる。
隈でもできているのかもしれないがどうでもよかった。
・・・・どう見ても呪い継続中だ。
「お前、昨日のことで何か不満があるだろ。言えよ。」
朝食のテーブルで我ながら地の底を這うような声がでたが、致し方ない。
サムがきょとん、と目を見開く。
「馬鹿だな。無いよ、不満なんて」
「不満じゃなければ、希望でもいいさ。無いとか言うなよ。わかるんだから」
満足してれば正気にかえってるはずなんだから。
ディーンは仇のようにサラダにグサグサとフォークを突っ込む。イライラしているせいか、さっきからレタスがちっとも刺さらない。
「不満はないよ・・・本当に」
「で?」
「ただ、久しぶりのせいか、ディーン随分きつそうだっただろ?それがね」
(俺かよ!)
「あー・・・、そりゃあなあ、ヒサシブリだからなあ」
久しぶりどころかサラッピンの兄ちゃんががきつくないわけあるかこのバカ。
「僕はものすごく嬉しかったけど。ディーンにしんどい思いさせただけだったら、というのが、あえて言うなら心残りかな」
(兄ちゃんは今ほどお前が思いやりのある男に育ったことを残念に思ったことはないぞ!やるだけやって、一人で満足する男でいてくれたら万事解決だったのに!!)
「あと」
「まだあるのか!」
「ディーンが僕のことを気遣ってくれるのは嬉しい。でも、もっと頼ってくれればいいのにとは思ってる。・・・ずっと何か隠してるだろ」
「頼る?俺は年上だ。できるかそんなん」
怒鳴った拍子にトマトがこぼれた。隠し事云々はスルーだ。
「馬鹿だねディーン。大人同士で、4歳くらい違ったってなんだっていうのさ」
サムが苦笑した。落としたトマトをサムがつまんでひょい、とディーンの口に入れてくる。
「年上年上言わないの。僕らはパートナーだろ?」
長い指が唇を撫で、つん、と頬をつつく。何か言ってやろうと思ったが、そうしたら指が口の中に入ってきそうな気がしたので、ディーンは黙って咀嚼に励んだ。
そっと手のひらを頬に当てられ、目をやると、さっきまでだらしなく笑んでいた顔が、思いがけず真面目な表情を浮かべている。
「ディーンが狩を休んで一緒に過ごしてくれてすごく嬉しい。・・・でも、ディーン何か思い詰めてるみたいで心配なんだ。この家で過ごす時間が終わっても、どこかに行ったりしないね?約束して」
「何を馬鹿なこと言って・・・」
「うん。馬鹿だと思うけど、つい考えてしまうんだ。なんかあるんじゃないか、都合のいい夢を見てるんじゃないかって」
フン、と鼻先で笑ってやる。
「どこにも行かねーよ。頼れとか言っといて起こりもしないことにオロオロすんな」
俺もお前もどこにも行かない。どちらも離れやしない。
お前が忘れるだけだ。実の兄貴に歯が浮くような台詞を大盤振る舞いする、とち狂った夢を忘れて正気に返るだけ。
「ねえ」
「うん?」
ぼーっとコーヒーを飲む。
食欲は無いと思っていたのに、それなりに食べてしまった。
「今日もしていい?」
ぶ、
文字通り吹きそうになる。
「聞くな!そんなもん!」
「昨日より絶対きつくないようにするから。ディーンの嫌なことはしたくないんだ」
「俺の嫌いなことを教えてやる。朝メシの最中にそーゆー話すんじゃねえよ」
思いっきりどすを効かせて文句をつけてやったのに、サムはまた妙に嬉しそうにニコニコ笑っている。
「うん、分かった。夜の話は夜に、ね」
何となく首の辺りが熱いような気がする。
鏡で確かめたいような気持ちにディーンはなり、いや、絶対に鏡を見たりしねーぞ、と思いなおした。
午後、俺はだるいとサムを買い物に一人で行かせて、ディーンはボビーに電話をかける。
「なあ、ボビー。確認なんだけどさ、呪いから覚めたら、かかってる間のことはすっかり忘れちまうんだよな?」
『ああ。そう聞いてるが』
「よし、分かった」
『それだけでいいのか』
「ああ」
短い会話で通話を切る。細かいことは相談したくなかったし、ボビーも困るだろう。
いつの間にかソファーで転寝をしていたらしい。
気がつくとサムが上から覗き込んでいる。
「ただいま」
「・・・おかえり」
額にキスが落とされる。
ごく普通の会話なのに、なんだか妙にこそばゆい。
モーテルと借家の違いかな、とディーンはぼんやり考えた。
「こんなところで寝てると風邪引くよ」
「・・・・平気だ」
まだ起きたくなくて、適当な返事をする。
微かに笑う気配がして、また瞼に唇の感触があった。
無理やり目を開くと、なんだかサムの顔が違って見える。
確かに同じ造作なのに。妙に大人びた・・
そうか。
恋人を見つめる男の顔だ。
『弟』でないお前は、こんな顔をするのか。
お前も、正気なら俺に見せないようなものを見せている。
どうせ忘れるなら、何を見せたっていいんだ。
覆いかぶさる熱に巻き込まれて、散漫な思考がグルグルと回る。
ふと背中に心もとなさを感じて
「落ちる・・・」
と呟いたら
「だったら僕に掴まればいい」
と妙に掠れた声がして、腕を背中に回させられた。
お前の目が覚めたら。
どんなに理不尽だといわれようとも毎晩肩凝りマッサージさせて、
このソファーを丸ごと洗わせてやる。
絶対だ。