停滞緩和に(もはや防止とはいえない)過去ペーパー再録。
これは偉大なるタキザワ師匠の人魚S×漁師D本に触発され、
加えてハーレクインコミックのタダ読みに耽溺した副作用と相まって突発したネタです。
細かいこと(人魚の生態とか時代はいつだとかお洋服問題とか親子関係とか)はザクッと気にせず、ああ、脳内妄想をそのまんま照射したんだなあと思える方だけご覧くださいね。
絶対的設定
① サミーは人魚の国の王子様 ② ディーンは漁師
…で、人魚×漁師
人魚の王子と漁師をどうやってくっつけるかを考えている中で、悪い人間に誘拐され、売られそうになる王子の話が勃発。そりゃあ人魚だから不老長寿の妙薬とかなんとか。じゃあ漁師とはどうくっつくんじゃいという点では、ディーンは借金があってやむなく手を貸すのよ!と。そして逃げ出した人魚の王子に、仕返しに海の底に引きずり込まれちゃうんだな!……という萌え(?)ネタです。
♢ ♢ ♢
暗い水面に突然白く水飛沫が立ち、舳の灯りの下、見張りの漁師が海に落ちるのを商人達は見た。その身体に巻きつき、暗く光った魚の尾を見て、若い漁師が単に足を滑らせたのではなく捕えていた化け物に海の底へと引きずり込まれたことを知る。
数秒の後、海面は何事もなかったように元の凪に戻った。
「…失敗かよ」
頭領格の男が苦々しく吐き捨てた。
サムは怒り狂っていた。
漁師はじたばたとサムを振りほどこうとするが、海に戻ったサムにとってはまさに赤子の手をひねるようなものだ。深く深く潜っていくにつれ、抗う動きは弱くなり、そしてその口からガバリと泡が吐きだされた。
愚かな人間。サムの領海で漁を許されてきながら、サムを捕えた盗人に手を貸した報いだった。例え最後の最後でサムを海に連れ出したとしてもそれはサムの芝居に騙された結果であり、許される限度はとっくに越えている。
大きく尾を振って、久しぶりの居城を目指す。城が見えてきたところで、ふと腕に捕えたままの人間の身体をどうしようと考えた。このまま捨てればいずれどこかに流れ着き、海との掟を破ったものの末路をさらすだろう。しかしふとサムは気を変えて、自分の鱗を一枚むしり取ると、動かなくなった人間の喉に押し込んだ。
「…俺は、死んだのか…」
ディーンは目を開けて呆然と呟いた。服も髪も海藻のようにゆらゆらと揺れている。足元を見るとディーンの身体は絡みつく珊瑚のような何かに囚われていた。水の中でしゃべっているし、総合的に見てこの世のできごととは思えない。
「そう、死んだ」
サムは態度をはっきり決めていなかったが、本人が死んだと思っているのでその線で行くことにした(適当だ)。
「そうかあ…」
ディーンは素直にまるっと信じたようで深々とため息をつく。
「まあ、しょうがねえな。お前には悪いことしたし。海に戻ってもう身体は大丈夫なのか?」
ディーンがひどく穏やかな表情であっさり謝罪してきたのでサムは驚いた。サムの誘拐に加担した愚かさを後悔させ、謝罪させてやろうと思っていたのだが、いきなり目的達成してしまう。
「僕は人魚だ。大丈夫に決まってる」
水の中はサムのテリトリーだ。威厳をもって脅しつけてやる予定だったのに、兄貴ぶった口調で心配されて、うっかり口調が威厳のないものになってしまった。
「そうか」
ディーンは頷く。
サムは言うことが無くなってしまい、しかめっ面でディーンの回りを二、三回クルクルと廻った。
「…お前、なんであの連中に手を貸した」
ぼそりと呟く。ディーンはサムを砂漠の国に運び、干物にして売ろうとしていた商人の中で浮いていた。だからサムは自分に同情的だった彼に目をつけ、新鮮な海の水を足さないとすぐに死んでしまうと訴えて水槽を海に運ばせたのだ。ディーンはこの辺りの海に詳しく、船の扱いにも長けていた。だがこの島の漁師なら、海の一族との契約を破る恐ろしさを知らないわけがないのが腑に落ちない。
サムの疑問に気付いた様子もなく、ディーンはあっさり答えた。
「親父が仕事に行ってる間に家が火事になって、でかい借金があったんだ。留守を任されたのに家や舟を片に取られそうで焦ってた」
「金のためか」
「ああ」
「金のために我々との誓いを破ったのか」
サムがいうとディーンは少し困った顔をする。
「あー、実はその掟とか誓いとか、教えられてないんだ」
「なんだと」
「それって十五歳で親から子へ伝える奴だろ?親父が仕事で出掛けたのが俺が十五になる前で」
「お前、今いくつだ」
「二十六」
「…」
「親父が死んでいたら他の漁師に教えてもらえるんだけど、親父は仕事から帰れないだけだし」
「…」
「他のことは近所のおっさんたちに教えてもらってまあ何とかしてるけど」
「掟も知らずに何年も漁をしていたのか。当然の報いだな」
「そうみたいだな。だから俺はこの年になっても独り立ちが許されなくて、他のおっさんたちの手伝いで暮らしてた」
でももういいや、死んだら家も船もあっても仕方ないし。親父には悪いけど。
すっかり諦め、妙に解放されたように呟くディーンを見て、サムは気が抜ける。まだ死んでないことを教えて、命乞いをさせればよかったかとも思ったが、聞きたかったのは理由と謝罪だったので今さら遅かった。
「なあ。海で死んだ奴は皆こんな風に海底にいるのか?」
「さあな」
「親父はいないといいな…」
投げやりなサムの返事を気にするでもなく、周囲を見回すディーンに、サムはやたらとイライラする。
「十年以上音沙汰ないのはどこかで死んでるんじゃないのか」
思わず意地の悪い言い方をしてしまったが、ディーンは怒らず苦笑した。
「俺も何度かそう思ったんだけど、周りが皆、そんなことは無いって言うんだ。何か訳があるんだろうな。その、掟についても、俺がもう誰か教えてくれって何度頼んでも、勝手なことはできないって口を揃えて言うし」
「…」
その統一された対応は契約絡みのものと似ているが、この島を含めた海域を預かっているサムは、そんな契約をした覚えはない。そこまで考え、ふと思いついて話題を変えた。
「なんで僕を助けた?」
「うーん。喋る人面魚って聞いてたけど、お前まるで人間だったし」
「人魚だ」
「話し方も生意気だけど、、こまっしゃくれた弟みたいでなんか憎めない感じだったし」
「無礼な。僕はお前よりもずっと年長だぞ」
「だからそれも知らなかったんだって。で、お前を干物にするのを手伝って家と船を守っても、やっぱり親父に顔向けできないなあと思ってさ」
「…また父親か」
何となく低い声が出てしまう。
「俺には親父しかいねーもん」
他に大事なものなんて何もない。
だからもう自分がどうなろうといいんだ。諦めきったような穏やかさに、無性にイライラした。
「お前はこれから」
サムが口を開くとディーンは黙って視線を向ける。
「僕のものになる。ここは僕の預かる海だし、お前は僕に対しての罪があるから」
海の掟を知る者なら絶対に納得しない論理なのだが、いいな、と言うとディーンはあっさり、
「わかった」
と頷いた。
実際のところは、その時のサムは深いことを考えていたわけではなく、あえて言えばなにかと言うと「親父が親父が」と動く口を塞ぎたいだけだった。
「ふざけた真似をした人間を捕まえてるんだって?」
父王の城に帰還の挨拶に行くと、東方の海を預かっている兄達が近づいて話しかけてくる。
「見せしめにそいつの村を嵐で流してやろうか」
「八匹のサメに食いちぎらせて晒するのはどうだ」
普段はへらへらと遊んでばかりだったり、軽口を叩いては変ないたずらを仕掛けて真面目なサムをからかう兄たちだが、掟やぶりの人間に対しては一様に容赦ない。
「ありがとう兄上たち。でもやるときは自分でやりますよ」
サムはヒラヒラと兄に尾びれを振ってみせる。
サムはディーンを最初に繋いでいた海底から、住居のなかでも奥まった自室に移した。掟のことを考えれば、理由と謝罪を聞き出したディーンは用済みだ。あとの選択肢としては慈悲深く一気に殺すか、見せしめに惨たらしく殺すかの二択くらいしかない。だが正直いってサムはディーンの扱いをまだ決めていなかった。
それでも、最初に拘束した場所に放っておくと、配下の鮫たちが王子に無礼を働いた人間を問答無用で食い殺そうとするし、先日は船が転覆して荷物と一緒に沈んできた漁師が知り合いだったらしく、突然ディーンが「あ。ボビー!」と叫んで手を振り、その姿を人間に目撃された。
なので隠しておくより仕方がないのだ。
サムは誰が聞いているわけでもないのに口の中でぶつぶつと呟く。
「帰った」
「お帰り」
部屋に戻ると、ディーンはサムの部屋の中で、泡を追いかけてフワフワと遊んでいた。入り口から入ってくるサムを振り返って笑う。
「何を子供みたいなことを」
「そうだけどさ。死ぬと子供返りすんのかもな」
「……」
お前は死んでないし、という言葉をサムはまたかみ殺す。屈強でしぶとく、ふてぶてしい人間だと思っていたが、既に自分を死んだと思っているディーンはすっかり無邪気に大人しく、サムに従順だ。その喉から、命を繋いでいるサムの鱗をむしりとる決心はなかなかつかなかった。黙ったサムが自分に用が無くなったと見て取ったディーンは、今度はゆっくりと水の中で身体をうねらせ、回転する遊びを始めた。
人間の身体は不格好で、色々な道具を使って水の中を移動する姿は無様だ。だがサムの部屋に紛れ込んだ小魚を追いかけてターンをしたディーンの動きが意外に滑らかで、サムはふとディーンに手を伸ばした。
「こっち来て」
ディーンは何一つ疑わない顔でサムの方に寄ってくる。
「なんだ?」
差し出される手をサムは掴んで引き寄せた。