お盆ですね。
久しぶりに更新でーす。またも140字お題より。
ご機嫌取りも楽しみの一つ
寝返りを打つとベッドのスプリングがギシギシときしむ。自宅のベッドではとんと聞いたことがないその音が急にひどく耳につきだして、サムは『まだ開けたくない』と盛大に抗議する瞼を無理やりこじ開けた。
古いカーテンはところどころに隙間が開いて、とっくに高くなっている日の光がサムの泊まっている部屋にもあちこちから射しこんでいる。それが夏の割に目に痛いほどではないのは、天気が曇りだからだろう。
窓の外からはディーンとボビーが話す声がする。
「だったらオルタを替えた方がいいんじゃないのか」
「あとテールランプがな」
「レインホースは外した方が軽いぞ」
耳に入る単語がほぼ意味不明で、開けた瞼がまた重くなる。あのインパラは半分家のようなものだったのに、子供の頃から車については父と兄がしていたこともあり、その整備だのパーツだのについてサムは見事にさっぱりわからなかった。
微かに部屋の空気まで振動するようなエンジン音が響くと、浮かれたような口笛が続く。
声ではないのにそれが兄のディーンだと分かるのが何となくおかしくて、サムは目を閉じたまま小さく笑った。
休暇に父母の墓参りと共に旧知を尋ねようというのは前からの予定ではあったのだが、休暇に入る少し前にボビーから来た連絡のために、昔懐かしいガレージへの滞在が最初になった。なんでも前に頼んでいたエンジンが手に入ったらしい。昨夜遅くに着いたというのに、日頃の睡眠不足に加えて久々の長距離ドライブでダウンしたサムと対照的に、ディーンは朝から元気だ。
(楽しそうだな)
再会してからの日々をあっさりと「余生」と言い、全体的に感情の起伏が少なくなったように見える兄だが、この休暇に入ってからは明るい。昨日も振動の多いクラシックカーの助手席で軽く酔いかけたサムをからかうことすらした。
「サムは起こさんでいいのか」
「腹減りゃ起きてくんだろ。普段が寝不足だから寝かしときゃいいって」
そう言っている声を聞くと急に胃が空っぽな気がしてサムは再度目をこじ開けた。
「おはよう」
階段を降りるとちょうど二人が手を拭きながら入ってくるところだった。
「ちゃんと寝られたか?」
「うん」
子供に対するような声掛けにも、ボビー相手だとつい素直に答えてしまう。文字通り親代わりのように世話になった相手だ。床がギシギシなるようなこのキッチンで、サムは何度もパンケーキの練り粉を舐めさせてもらったり、ディーンとドーナツを取り合って文字通りに走り回ったりした。
「だいぶあのベッドも古くなってるからな。寝心地悪かったろう」
なるほど。自分が贅沢に慣れてしまったからかと思ったが、一般的にもあのスプリングの軋みは気にしていいレベルだったらしい。
「大丈夫だよ。事務所のソファーで仮眠なんてよくあるから、すぐ寝てた」
「ならいいが」
ほっとしたようなボビーに笑いかけると、二人に構わずフリッジに頭を突っ込んでいるディーンに声をかけた。
「どうだったの?エンジン」
「そりゃお前、さいこーだぜ」
「ふうん良かったね」
今一つぼんやりしているのは、車音痴に加えてやはりまだ半分頭が寝ているためもあると思うので勘弁してほしい。
「楽しそうだ」
そう言うとディーンがなぜか振り向いて、ぱちりと瞬きをした。一瞬の間を置いてニヤリと笑う。
「まあな。大事なレディを久しぶりにちゃんと構ってやれたし」
「そうなんだ?」
正直ガレージの中など普段はろくに気にしていないが、ディーンが休日に洗車をしたりするのは何度か見ていた。だが、車好きの基準としては十分ではないらしい。
「起きてよかった。飯食いに行くぞ。冷蔵庫に何もない」
ボビーに促されて顔を洗いにいくと、まだ多少寝たまま車に乗り込む。
兄はインパラの面倒を見て機嫌がいい。自分はそんな兄を見て機嫌がいい。
懐かしいガレージと懐かしい部屋。少し昔のように振る舞う兄はハンドルを握りながら小さく鼻唄を歌っている。
ひたすら寝ていた新人の頃とも、ここ数年のような海辺のリゾートとも違うがこんな休暇も悪くない。
何となく昔に帰ったような気分になり、サムは助手席の窓を大きく開けて空を見上げる。
いつの間にか雲が切れ、空は広々と青かった。
終わり
どーということもない兄弟の夏休みでした
[36回]
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