「どうせ大して変わらない」
馬鹿ロボはそう言ったが、随分と変わったこともある。
結婚という形を取る前は、プライベートで会ったが最後必ずと言っていいほどベッドにもつれこんでいたものが、ハネムーンを境にそれが激減したことだ。
へえ。
ディーンは単純に感心した。
ので、とある日の休憩時間に、うっかり同僚(キャスだ)にその感心を漏らしてしまった。
「君はどう思うんだ」
無駄口を叩きつつものすごい勢いでメールの整理をしていたカスティエルが、ちらりと目線だけ向けてくる。ディーンは軽く肩をすくめた。
「やっと気が済んだってことじゃねえかな。釣った魚にエサはやらねえ…てのとは違うか。まあ、満足したんだろ」
寡黙で不愛想な先輩は、それには返事をせずにディスプレイに集中している。
「ようやくあいつもまともな感覚になったってことだよな」
カスティエルは答えない。ディーンはしばらくディスプレイからはみ出して見えるボサボサした頭をぼんやり見ていたが、苦笑して立ち上がった。
ちょっと考えればいかに既に知っているとはいえ、同僚と上司のフィジカルなあれこれについて言われても返事に困るだろう。
さて休憩は終わりだと振り返ると、奥の部屋のデスクにいるはずの社長がほんの数歩の距離のところに立っていて驚いた。いつの間に近づいたのかこのでかい体で。
そして何やら眉間に盛大な縦ジワ(というより既にクレバス)が寄り、ここしばらく見ていなかった真っ黒いオーラが部屋いっぱいに広がっている。
(うお、しまった)
なるほど、見えているカスティエルが貝になるわけだ。
「…………誰がなんだって」
「雑談です社長」
しれっと応えると、さらに暗雲に稲光まで混じったような気配になる。
「ちょっとこちらへ来い」
今にも目から光線でも出しそうな顔をしつつ、ロボサムが背を向けて社長室に入る。
「………気を付けろよ」
低い声で案じてくれる同僚に、ディーンはにやりと笑ってみせた。
「大丈夫だ。あのバカの黙らせ方がだんだん分かってきたから」
要はディーンが金髪グラマー美人秘書にやってもらえたら嬉しいようなことをやってやると効果的なのだ。かなりの確率で黙る。あのバカの目は本当におかしい。
(あ、でもまともになりかけてたら違うかもしれないな)
正直、でかい男にあんな真似された日には、ディーンだったら速攻ぶちのめす。
しなだれかかった挙句に気色悪がられて殴られる、というのはなかなかにクルものがあるが、サムの精神がまともになってきた故ならば結構なことだろう。
なんかぐだぐだ考えてるな。
自分の思考に笑いながら、おなじみのドアを開ける。
「閉めろ」
デスクの向こうからの不機嫌な声を待つまでもなく、ドアは勿論閉鎖だ。鍵もついでにかけてしまう。
「こっちへ。ディーン」
手を差し出してくるのにためらいなく近づく。手を掴まれ、引き寄せられるのに逆らわず身を寄せる。ついでにごつい胴に腕も回してやった。
「なんだよ、サミー?」
見上げて尋ねれば、黒オーラをあっさりひっこめたロボサムが顔をしかめる。
そう、むきになって追った相手も、すんなり思い通りになるとなれば関心も変わる。
結婚、という事態も無駄ではなかった。ディーンが開き直る踏ん切りにはなったからだ。
どうせもう、恥はさらすだけ晒した。何をやったところで今さらだ。そう思いつつ視線を合わせ、にっこり笑ってやる。
「…僕があんたに触れない日を作ったのは」
がっちり視線を合わせながら至近距離でサムが口を開く。
「引き留めなくても、あんたが僕の隣で眠るようになったことが一つ」
「…おう」
「それからあんたが『自分の下半身だけあればいいんだろう』とか言うのを止めないのが一つだ」
「…へえ…」
「もう結婚したんだ。死が二人を分かつまで、だ。あんたもいい加減『飽きたか飽きたか』気にするのをやめろよしつこい」
「…そーかよ」
そういえば確かに前と同じパターンではある。何となく滅入った気分になってきて眼を伏せる。と、抱き寄せる力が強くなって身体が密着した。
「おい」
「黙れ」
何となく不穏な予感に身体を離そうとするが、最近ますますごつくなった腕は建築機械のように遠慮なくぎゅうぎゅう締め付けてくる。
そこにドンドンドン!と遠慮会釈のないノックの音が響いた。
「取り込み中だ」
サムが目いっぱい不機嫌な声で返す。が、ボビーが、
「夫婦喧嘩に口は出しませんから家でやってください」
ときっぱり言いきりつつサムに書類を押し付け、ディーンは危うく虎口を脱したのだった。
おわらん
・・・・・・・・・・・・
…ちょっともう、数える気もしないよ
1822文字………
ばかじゃー。
[27回]