お久しぶりの続きです。
カテゴリを作っていて本当によかった。
悪魔がいない世界で他人設定、整備工Dと学生時代からつきあってて今は弁護士になったSのギクシャク時代。
うーむ進みが悪すぎる。
深夜になってサムがアパートに帰ると、部屋の中は静かで暗かった。当たり前のことながら今朝出掛けたときのままだ。
散らかりもせず、テレビの音もしない。ボリュームを下げてくれとリビングのソファーでだらけるディーンに文句を言う必要もない。
(俺は超早寝の男になって部屋で寝てると思っとけ)
電話でそう言ったディーンの声を思い出しつつ、閉まったままの部屋の扉を見る。
「…できるわけないだろう」
ふて腐れた口調で毒づく。肩をすくめて軽口で流す恋人はここにいなかった。
ダイニングテーブルに鞄を置く。
『後で電話する』という言葉通り、ディーンは仕事の後で電話をくれたのだが、サムの方がまだオフィスでクライアントとの打ち合わせ中だった。
『気にすんな。明日またかける』
ディーンは別に怒った様子もなくそう言ってくれたが、何度もこんなことをしていたら本当に愛想をつかされそうな気がする。
携帯を取り出すが、時間表示を見るともう日付が変わっていたのでとりあえず帰宅のテキストを送った。しばらく待っても返信が来ないので多分もう寝ているのだろう。
声は聞きたい。でも夜中に起こすのはどうだろう。ぐるぐると思い悩んだあげく諦めて携帯を置いた。
昨日もこの調子で部屋で待っていてくれたディーンと会い損ねたのだ。サムとて今日こそ早く帰ろうと焦ってはいたのだが、昼間にディーンの店を訪ねた分、仕事は押していて結局同じようなパターンだった。
別れ話じゃなくて、どうしたらいいのか考えたいんだ、と言ったディーンの顔を思い浮かべる。
(何ができるだろう?)
ダイニングテーブルの横に立ちながらサムは考え込んだ。
まず明日からは何がなんでもその日のうちに帰る、とサムは固く決心する。
それからハウスキーパーを使ってみようと思う。
正直部屋の掃除などどうでもいい心境ではあるのだが、それを試さないと今度ディーンと会っても話が進まないかもしれない。
とりあえずすることを決めたところで、夜食をまたも買い忘れたことに気付き、サムは深々とため息をついた。
翌日早速、サムはハウスキーパーの派遣会社を探した。
仕事柄、安い移民のハウスキーパーを使うのは憚られたので、正規労働者のみの派遣会社を選んでアポを取る。詰まった仕事をしながら面接だの契約だのはとても無理な気がしていたが、昼休みに自分のオフィスを使えばあっさりと契約まで済んだ。
そして仕事も、帰宅時間も決めてしまうと何とかその日のうちに帰れるものだった。
成せばなる。
要は自分の優先順位の付け方だったらしい。
サムは処理ずみの書類をフォルダにしまいつつ一人ごちる。書類仕事に限らず全体的に決断が早くなったのは意図しない副産物だった。
だがしかし、どうにもならないこともある。
駆け出し弁護士の立場は弱く、サムの週末はその週も、そのまた翌週もあえなくつぶれることになった。
・ ・ ・
下の階がざわざわとしだした気配に、ディーンは
(ああ、開店準備か)
とうつらうつらしながら思った。ディーン自身は非番だが、特にしたいこともない。
もう少し眠れるなと思いつつごろりと寝返りを打つと、隣にあるはずの身体にぶつからない。
(え?)
空振りに驚いて目を開けた。
安っぽい壁紙が目に入る。色が褪せたカーテンからは朝の光が透けている。いい加減見慣れたはずの仮住まいの景色だ。
「なにやってんだ俺は…」
ディーンは思わず口の中で罵声を噛み殺した。
突然部屋のドアがノックされ、ディーンは顔をしかめて起き上がった。魚眼から覗くと副店長だ。
「よう。どうした?」
寝起きの格好のままドアを開ける。
「休みの日にすまん。ジェフが病欠なんだ。午前だけでも出られないか?」
確か先週もこのパターンで呼ばれたな。ディーンが即答せず頭をガリガリと掻くと、副店長は気まずそうに身体を揺すった。
今日は休みだ。サムと話した通り、週末はどこかで会う予定だった。先週も今週もだ。だが、案の定というかなんというか、急なクライエントが来たり付き合いに呼び出されたりとサムの予定が入ってしまいディーンの予定はぽっかりと空いているのだ。残念なことに。
遊ぶ心境でもないし、目の前ではそわそわと身体を揺らしながら返事を待っている相手がいる。
「いいぜ。昼までだな」
「悪いな、何分で降りてこられる?」
すまなそうな口調の割に遠慮がない物言いに顔をしかめる。
「おいおい、今の今までベッドにいたんだぜ。飯も食ってないんだ、30分はかかる」
「オーケー。できるだけ早めに頼む」
急かしたそうな相手にひらひらと手を振ってドアを閉め、二度寝は諦めてバスルームに向かう。
ディーンが店舗の二階を仮住まいにしているのは、スタッフ全員が知っている。別段店長と取り決めをしたわけでもないのだが、人手の足りないときや週末の助っ人として声をかけられることが多い。ディーンもテレビもない部屋に一日中いても仕方がないので、サムとの予定が飛んでしまった先週も半日仕事に出たりしていた。
(なんだか俺まで働き虫になってるな)
小さな洗面台で顔を洗い、まだ半分寝ている頭でぼんやりと考えながら髭を剃る。愛用の剃刀は持ってきたが、その他は近くの店で適当に買ったものだ。
『ほんとにごめんディーン』
情けない声で繰り返すサムとの電話を思い出す。
『終わってからそっちに行ってもいい?』
「それじゃ真夜中どころか日付越えるだろうが。さすがにぶっ倒れるからやめとけよ」
『でも』
「お前明日はゴルフなんだろ」
『そうだけど』
サムはこの頃早目に帰宅している。
ディーンが何度平気だと言っても、サムは自分が毎日仕事が忙しいのを気にしている。女ではない。仕事より自分を優先しろとか、そういうことではないのだ。サムには今まで通りの生活をして欲しかった。そのサムといるために自分が何をどうすればいいのか、それを離れて考えたかった。
(大丈夫だ)
ふと思う。
バスルームが広かろうが狭かろうが、石鹸の匂いが高かろうが安かろうが、用が足せれば構わない。キッチンなどは申し訳程度についているだけなので、この部屋に泊まって以来料理はしていないが、シリアルやその辺のテイクアウトで十分足りている。
(あの暮らしを無くしても、俺は大丈夫だ)
高い部屋も、着る場のないような服もいらない自分を確認する。
足りないのはサムだけだ。休日の朝、隣にサムが寝ていない。そのぽっかりとした空白が改めて沁みた。
だがそれはあって当然だからいいのだ。
サムと離れてもうすぐ三週間が経とうとしている。
さすがにそう長くここに居座るわけにはいかないだろう。そろそろ戻るか他に移るかも決めないとならなかった。
部屋は分けて、互いに無理の無いときに会う。
そんな距離を試したかったが、現実は思うようにいかない。
つづく
あれー、終わらんかった。
あと少し続きます。
会話が無いのがもどかしい…