ディーンがいわゆる「息抜き」が苦手になったらしいとサムが気づいたのは、とある週末のことだった。
久しぶりにまともに休める土曜の朝だったので、思う存分睡眠をとったサムが起きだすと、ディーンはリビングでテレビを見ていた。
「よう」
「おはよう」
「珍しいな。休みか」
「うん。ディーンは?」
「今日は休み」
「ふうん」
半分寝ぼけた会話をかわしながらリビングを通り過ぎ、フリッジから水のボトルを取り出して飲むと、サムはのそのそと部屋に戻った。シャワーで目を覚ました後、午後はシーツ類でも洗うかそれとも久しぶりにグリーンマーケットにでも行こうかとか考えつつ再びリビングに出てくると、ディーンが相変わらず同じような恰好でテレビを見ているのが何となく気になった。
昔からおなじみのその姿に目が引っかかるのはなぜだろうと思い、数秒後にその姿がまったく休日を楽しんでいるというように見えないからだと気づく。どちらかというと子供の頃父の言いつけで籠っているモーテルで、仕方なくテレビを付けているときの印象に近い。
最初にサムの頭に浮かんだのは「なんで?」という単純な疑問だった。サムの記憶の中ではディーンはそれこそ隙あれば「息抜き」にいそいそと出かけるタイプだったからだ。
だが、そういえば記憶を辿ると、再会してからの兄は時々バーには行っている気配があるものの、何かを楽しんだり遊びに行ったりといった姿をほとんど見ない。
家業であるハンターをほぼ引退した兄にとって今は、仕事も休暇もない、ただ過ぎていく日なのかもしれない。もちろん激務のサムが自宅にいる時間は短いし、ディーンとすれ違うことも多い。だが、それでも突然感じたこの直感は外れていないような気がした。
サムはどう声をかけたものかと思いつつ、口から出かけた
「休日に出かけたりしないの?」
というセリフをあやうくひっこめた(一人でいたいから出ていって等と解釈されそうな気がする)。そして取りあえず、
「シーツ洗うけど一緒に入れる?」
と尋ねてみる。するとサムの印象通りドラマにさっぱり身が入っていなかったらしいディーンは
「ああ」
と、すぐ反応して部屋にリネン類を取りに行った。サムも自分のシーツを洗濯機に放り込むと、ディーンの部屋に足を向ける。案の定扉を開けたままシーツを剥いでいる兄の様子を見つつ、部屋の中を覗き込んだ。
予想はしていたが、相も変わらず物が少ない。昔モーテルの部屋が汚くて、散らかすなよと兄に喚いた記憶は何だったのだろう、とサムはふと自分の知る兄の記憶におぼつかないものを覚える。それでもサイドボードに古い母の写真が置いてあるのを見て少しホッとする。少なくともここを自分の部屋だとは認識しているわけだ。
二人分のシーツやカバー類をまとめて洗濯機に突っ込み、サムはディーンを振り返った。
「ディーンさ、今日は何か予定ある?」
すると怪訝そうな色を浮かべた碧がぱちりと瞬きをする。
「いや?」
「じゃあ、一緒に買い出し行かない?」
普段は近場で済ませているが、少し車で走れば大規模なマーケットがある。飲食店や公園、レジャー施設まであるので休日の買い物にはもってこいだった。
視線が合うとディーンはわざとらしく眉を下げ、悲しげな顔をする。あ、言うなとサムが身構えると、見事に予想通りの反応が返ってきた。
「おいおいおい、せっかくの休日にお兄ちゃんと買い物かよ寂しい奴だな」
予想通りなので傷つくこともなく、サムはふん、と言い返す。
「事務所に入って言われたんだけどね、『弁護士は家族や恋人と休日の約束はするな』ってさ。どうせ急用で約束破るばっかりになるからだって」
「商売繁盛で結構なこったな」
「おかげさまでね。その点兄貴なら僕が呼び出されて事務所に急行しても荷物持って帰ってもらえるだろ」
「お兄様を荷物持ちに使う気かてめえは」
「呼び出されなければ僕も持つよもちろん」
しかめられる眉に動じずしれっと応える。何だか最初にディーンを誘おうと思った心境から話の流れが遠くなってきたが、さっきのような様子を見ているよりはむしろサムの見知った兄の反応に近くて安心した。
男兄弟で相手を気遣おうとしても、こんなものかもしれない。
「たまにはこういうとこ歩くのも気持ちいいよね」
大規模モールにはピクニック客でも狙っているのか、かなり広い公園が隣接している。芝生に噴水、ボートの漕げる池もあった。
「相変わらず爺むせえ奴だな」
答えるディーンの声はそっけないが、表情は少し明るくなり陽の下を歩くのは悪くないらしい。ホッとして笑うサムを見て、ディーンが怪訝な顔をした。
「なんだよ」
何でもない、と手を振って辺りを見回す。半分人工的なものではあるが、普段コンクリートの中で一日を過ごすサムにとっても木漏れ日の下を歩く休日は悪くなかった。
「おい、今度は思い出し笑いかよ気持ちわりいぞお前」
「うるさいなあ」
さらに元気になってきたらしい兄が失礼なことをいうので本気ではない力で横を歩く足を蹴る。
「何しやがんだ」
やはり怒っていない声で兄の足が蹴り返してくる。
「ばーか」
「どっちが」
繰り返される内に次第に力がこもってきた応酬は、モールに到着したために暴力事件に発展しないで事なきを得た。
結論から言うと、その週末結局呼び出しは入らなかった。
ウィンチェスター兄弟はそろってショッピングモールで食料を買い込み、休日の大道芸を冷やかしてすごした。サム好みのオーガニック食品群に突っ込んではディーンに嫌がられ、ディーンが次々にカートに放り込むジャンクな冷凍食品にサムが眉をしかめる。せっかくだからと隣接した公園のベンチで、買い込んだデリで昼食を取り、ついでとばかりにモール内の映画館で良く分からない新作映画を見た。
「あんないい俳優使っといて、なんであんなひでえ出来になるんだ!?」
すっかり元気になったディーンがそう帰りの車で喚いたので、翌日は自宅で同じ俳優の過去の出演作をレンタルし、文字通りのカウチポテトだ。
正直サムは結構楽しかった。
楽しかったが週が明けて事務所にリフレッシュした気分で出勤した時に
「週末はどうだった?」
と尋ねてきた同僚に、
『土曜日は兄と買い物に出かけて、日曜は兄と家でDVD観てた』
と申告するのは、慎重に控えた。またブラコンなどとあらぬ疑いをかけられてはかなわない。
その日帰宅するとリビングで電話をしていたディーンがでかい声で
「週末?サミーのお守りだったぜ!」
と笑っていたので(多分相手はボビーだ)、サムは弟心を解しない兄に思いきり脱いだ上着を叩きつけ、電話の向こうのボビーおじさんに、久しぶりの兄弟げんかライブをお届けすることになったのだった。
おわり…
…あれ?全然お題とちがうものになっちゃった…そして固いやはり…そしてだらだら長い。しかし負けない。リハビリは続けないとまた書けなくなるしね!また今度リベンジします~
[26回]