はい、予測通りあっという間に停滞いたしました。
着々とむぱら準備をしつつ、当日雪が降ったらどないしよー、とか、荷物が届かなかったらどないしよー、とか、さまざまな不安にさいなまれております。
でも更新ないのはさみしいので、フリーペーパー再録第二弾。
1月12日のインテで作った分です。ああっというまの掲載ですが、フリーペーパーなのでご勘弁ください。
忙しない奴だなあと自分に突っ込んでおります。
「・・・ひどい」
「自業自得だろ」
恨みがましくサム・ウェッソンがデスクの向かい側で頭をさするのをしり目に、ディーンは資料作成の続きに戻る。
「仕事中にふざけるお前が悪い」
「だってとっくに終業時間じゃない」
「お前はな」
「急ぐ仕事なら手伝うって言ってるのに」
「まだその段階じゃない」
そっけなく言葉を返すが、サムの言葉にも一理あるのだ。夜はとっぷり更けて、終業時間どころかディーンの通常の残業時間よりもなお遅い。そしてサムの表情からして薄々ばれているらしいが、今の作業はどうしても今日やらなければならないというものでもない。
要は帰りたくないのだ。もっと言うならばサムと帰りたくないのだった。理由は単純かつ馬鹿馬鹿しいことながら、帰ったら速攻先ほどの続きになるであろうことへの男の面子的な抵抗だったりする。
「気にすることないのに」とサムは言うだろう。というか実際のところサムは気にしていないだろう。ディーンだってサムの立場だったら気にしない。何があったかというと単に夜のことだ。最中はおかしな声も出すし、何やらあほ臭いことを口走っている気もするがそこはまあいい。ベッドの中のことをいちいち昼間気にしていたら人間何回首をくくっても足りない。だがある時ディーンは自分で許容できる範囲を少しばかり越えた状態になった。最初はたまたまかと気にしないようにしていたのだが、次の時はもっとダメダメだった。これはいかんとその次は内心セーブしてコトに臨んだのだが、我慢した分却って途中から反動が酷かった。つまりどうも最近はそういう行為の最中自分としてはありえない方面にグズグズになるのを止められなくなっているのだ。そしてまた性質が悪いことに勘のいい恋人はすぐそれに対応してきた。普段なら口にしないような強い口調や意地の悪い言葉にさらに溶け崩れる自分にディーンは内心慌てたが、勢いづいたものは止まらない。一種プレイだと割り切ればいいのだが、もしも万が一あの光景を昼間に再現された日にはサンドーバーのビルごと爆破できるくらい色々有り得なかった。
自分にこんな面があったなんて新発見だ。できるならこの発見は間違いだったことにして地中深く埋め戻したいが、残念なことに相方のサムは興味津々なので望みは薄い。せめてもの意地で朝になったら知らぬ存ぜぬで通してはいるのだが、この間の休日はその意地を嘲笑うようにサムにベッドに引き戻されてあっさり泣かされた。そしてムカつくことに、ただでさえ偉そうな年下の恋人が、最近では時々妙な言動をするようになってきた。直接ベッドでのことをあーだこーだいうようなマナー違反をするわけではないのだが、妙に庇護者ぶったというか、絶対に自分のアレに影響されている。何度かムカついて「そういう物言いは止めろ」と文句をつけたのだが、困ったような顔をされただけだった。
「待たなくていいから先に帰れ」
「別にいいよ、用事ないし待ってる」
そう言われてしまうと別にサムに腹を立てているわけでもないので無下にもし辛い。それにサムと寝るのが嫌になったわけでもない(むしろ逆過ぎて困っている訳だ)。だが帰りまでに頭を冷やそうと思っていたのに「一緒に帰ろう」と言わんばかりにオフィスに押しかけられると気になって、書類も頭の中も一向にまとまらない。
◇◇◇
まずい。
これはやはりかなり怒ってるらしい。
明らかに口実なのが見え見えの書類を盾に、一向に帰ろうとしない年上の恋人(兼上司)の眉間の縦ジワを見ながら、サムは内心ため息をついた。
付き合いだして間もない身としては夜でも昼でも恋人といたいと思うのは自然なことだと思う。そしてたかが4歳差だというのに恋愛経験も豊富らしい相手は、付き合いだしてみると昼間の堅苦しエリート顔が嘘のような奔放な振舞いであっさりサムを骨抜きにした。
どのくらいかというと今サムの脳内を覗いたら、あれほど執着していた幽霊退治が脳内に占めるパーセンテージは多分5%に満たないほどだ。あとの94%をあのダークブロンドの男が占めていて、辛うじて1%程度残った脳みそで仕事や日常生活をこなしている。とにかくあの澄ました顔をこちらに向けさせて、腕の中に抱きしめたくて仕方がない。それからキスをしてスーツの上から体のラインを辿りたい。上等な生地の感触や上から撫で下ろすと感じるサスペンダーの引っかかりを、サムの掌はもうすっかり覚えていて、でもじかにそれを確認したくてうずうずしていた。
付き合いだした直後もまずかったが、あの頃はまだ身体的な快楽よりも精神的な満足の方が強かったように思う(おかしな話かもしれないが、最初の頃は気持ちがいいよりも大変だった)。夜のことを昼間に持ち込むのは最低だが、お互いの身体に慣れてきてからのディーンは正直まずいと思う。ディーンがというか、サムの方がまずい。碧の目が潤んで腕を縋るように回されると毎回理性があっという間に千切れ飛ぶ。ディーンから見たら他愛ない年下男そのものだろうと思っていても、最近ではいつでも相手に手を伸ばしたくて仕方がなかった。もちろんしないが、だがどうも全体的に自分はだらしないことになっているのだろう。最近は仕事中に冷たい顔でたしなめられることが増えていた。
◇◇◇
「もう帰ろう」
さっぱり進まない書類を開いていた手から、サムがマウスを奪ってウィンドウを閉じる。
「おい」
睨むディーンにかまわず、デスクの後ろに回ってブラインドを下ろし、ハンガーからコートを取ると相手に押し付けた。
「保存はしてあるから大丈夫だよ。さっきから全然進んでないじゃないか。そんな効率悪いことするより明日仕切り直した方がいい」
「仕事に口を出すな」
「仕事には出さないよ。でもあんたが帰りたがらないのは仕事のせいじゃないだろ」
あえて心情を押さえずに拗ねた口調で詰ると、図星だったのかディーンが黙った。自分を見る顔が険しいのに少しばかり悲しい気分になりながらサムは椅子の背に落ちたままのコートをもう一度取り上げて差し出す。
「帰ろうよディーン。腹も減ったしさ」
年下むき出しの言動が、意外なほどにこの理屈っぽい男に有効なのに気が付いたのはいつだったろう。そして内心情けないと思いつつ、思うようにならない年上の恋人を動かしたいときにはついそれを使っているサムだった。
「・・・子供かお前は」
そしてまた今日もディーンは険しかった顔をやや和らげて、やっとサムの手からコートを取ってくれた。
「電気を消してくれ」
平たんな声の指示にサムが速やかに従っている間に、ディーンは手早くフォルダをまとめてアタッシュケースを取り上げる。慣れた動きをするその姿には無駄も隙もなくて、触るなと言われているようでサムはまた悲しくなった。
「気分じゃないなら今日はしない」
さっさと動き出した背中に声をかけると、グレーのコートの背がピタリと止まった。唐突だっただろうか?コンマ数秒サムは後悔するが、ダークブロンドの頭が少し振り返ると碧の目が笑った。
「別にそんなことは言ってない」
一日待ったお預けの後にそんなことを言われて止まる男がいるだろうか。いるかもしれないがそれは僕じゃない。
というわけでサムはその場でダークブロンドの頭を両手でつかんで熱烈なキスをかまし、ディーンは一日の運動不足を解消するかのように全体重をかけた拳をその頭に振るったのだった。
よくわからんままEND