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暗い部屋の中、目を開ける。
滴る汗。こもる息。
自分の上に覆いかぶさるサムの顔が、ショックと嫌悪に引き歪むのを見て、ディーンは呪いが解けたことを知った。
「なんだ・・・これは・・・」
「気がついたか、サム」
「なんなんだよこれは!!!」
顔を引きつらせてサムが叫ぶ。この状況を信じたくないというように。
当然だ。
ディーンは痛む体に力を入れた。
「ショック療法みたいなもんだ。目が覚めてよかったぜ。ほら、どけサミー」
手を伸ばすと、ビクリと跳ねるようにサムの身体が逃げる。ストレートな生理的嫌悪を感じさせる表情と仕草だった。
「お前は呪いにかかってたんだ、わかるか。シャワーでも浴びて頭冷やして来い」
パニックに陥っているサムを正気づかせたいのに、喉がかすれて情けない声しか出ない。
「信じられない、ディーン。こんなことをするなんて」
唇を震わせながらサムがひきつった声を出す。
「狂ってる・・・・!!」
「サム!」
「触るな!!」
ヒステリックな声を残して、サムが飛び出していく。
畜生やはりか。
動かない身体をひきずり起こそうとして--------------------------
目が覚めた。
時計はまだ真夜中すぎだ。
「くそ・・・・・・」
嫌な汗をべったりかいている。
ディーンはため息をついてシーツをかぶりなおした。
そして思い切った行動にでることもなかった結果、呪いは思った以上に長い年月続いてしまった。
とうに狩りも引退し、それどころか人生の引退まであと何年残ってるんだ、というある日。何を満足したんだか、突然呪いは解けた。
「・・・・ものすごいショックだよディーン・・・・」
「ああ、まあ。そうだろうな・・・。お前、呪いにかかってた時のことは覚えてないのか」
「なんとなくぼんやりとはね・・・で、はっきりしたと思ったら、こんなに年を取っていて、しかも兄貴と夫婦なんて思い込んでずっと行動してたなんて。恥ずかしすぎる・・・・穴を掘って埋まってしまいたいよ。しかも兄貴をこんなバカバカしい呪いに何年もつき合わせてたなんて・・・もう、なんか、どうしようって感じ・・・・死んでしまいたいくらいだけど、多分もうそう長くないだろうってのが唯一の救いだ」
さっきまでは年の割に元気だよ、とニコニコしていたサムが、突然20代の心境で年老いた身体を嘆いている。身体が動くうちに旅行に行こうか、なんて言っていたサムが、人生の残りの時間が少ないことを救いのように思っている。
実の兄を配偶者だと思って過ごしてしまった時間を恥じ、後悔している。
激しいショックと嫌悪に歪む顔は絶対にさせたくないと思ったけれど、
(俺はやっぱり間違えたんだなあ・・・)
ディーンはため息をつき-----------------
また目が覚めた。
「夢見が悪い!何のシュミレーションだ畜生!!」
ディーンはぐったりしながら時計を見る。
夜明けまでまだ数時間残っていた。
翌日。ちょっとぼーっとした頭でディーンは考えた。
やっぱりショック療法は無しだ。身を犠牲にした挙句、あんな顔で見られたら割りに合わなすぎる。
かといって気長にたらたらやりすぎて、もしもこいつが満足するのに何十年もかかったらこいつの人生台無しでかわいそうなことになる。(自分は多分適当に遊びながら過ごすだろうからいいとして)
仕方がない。やるぞ夫婦の話し合い。
夜は無しだが、それ以外でさっさと満足させてやる。
「なあ、お前の理想の夫婦ってどんなんだ?」
モーテルの部屋で、武器の手入れをしながら尋ねてみる。多少寒いことでも付き合ってやるぞ、という心境で。
うーんそうだなあ、とテーブルで岩塩の弾を作っていたサムが首をかしげる。
「ディーンと二人で、狩を引退してのんびり暮らせるといいよね。小さくても良いから家を持って、犬でも飼ってさ。農家とか良くない?」
「ああ、そりゃいいかもな。」
サムらしいといえばサムらしい、欲のない未来だ。
すぐに実行可能なのが犬をどっかで拾ってくるくらいなのが難点だが。
いつ狩りをやめられるかなんて見当もつかないし、どうやったら農家なんてもんになれるのか、悪魔を30体一斉に相手取るより無茶に思える。
地味に見えて意外と難しいこと言ってきやがるな。
ディーンは分解し終わった銃の汚れを取り、オイルを塗りながらインパラをなるべく汚さないためには、どんな犬が一番いいか考え込んだ。
だが別の日。
「高層マンションに1フロア全部使ったような部屋借りてさ、僕は自分の事務所持ってて、ディーンも夜は帰って来てくれて夕食は一緒に取って、あ、家にはメイドさんがいてさ。週末はちょっといいレストランに食事に行って、休暇の時には二人で海辺のセカンドハウスで過ごしたりするような生活もいいよね。」
「前と全然違うじゃねーか!!」
シーツにもぐりかけていたディーンは叫ぶ。
人が犬種について真剣に考えてるのに何言いやがるんだこいつは。
「いつも同じじゃつまんなくない?」
サムが悪気ない顔で目を丸くする。
「そーゆー問題じゃねえ、理想をコロコロ変えんなよ。」
「なんで?叶えてくれるの?」
「・・・・・おう、できる範囲でな」
でもお前の理想、地味に見えて達成困難なもんばっか。ぼやきながら照明を絞る。
と、腰と背に手が回ってゆるく抱き寄せられた。
「嬉しいよ」
にっこり笑ったサムが、額をコツンと合わせてくる。
間近に見えるその顔はひどく幸せそうだ。
「可愛い」
「・・・・あほか」
「ねえ、抱きたい」
「ダメだ」
「愛したいよ、全部」
「駄目だっての。だからそれ以外のしてーこと聞いてるんだろうが。」
胸の間に腕を入れ、少し離れる。
「僕は何かディーンに嫌われることをした?」
「嫌ってねえよ。そんくらいわかるだろう」
「じゃあディーンに、何かあった?」
「・・・・・」
何もない。あるわけない。というか何もないようにするためだ。
お前が将来恥ずかしくて憤死しないように、俺の存在に嫌悪も罪悪感も感じないでいてくれるように。
俺の前から絶望した顔で消えてしまわないように。
その沈黙を呪いの中にいる弟は良いように解釈した。
「僕は待てるよ」
「待たんでいい。待つな。待っても無駄だ」
ここでほだされてはいけない。きっぱりと言い切る。
サムはため息をつく。
「もうディーンの感覚を思い出せないよ」
そうだろうとも!
あったら怖いぜ、と思いつつ、髪から肩を通り過ぎ、腰に滑り降りて行きそうな手をはたき落とした。
「おい、それは駄目だっつの」
真面目に言って聞かせてるというのに、頭のいかれた弟はくすくす笑ってまた手を伸ばしてくる。
「これはいい?」
もう一度腕を回して抱きよせられる。
「これは大丈夫?」
顔のあちこちに触れるだけのキスがふってくる。キス魔め。
「別に…いちいち聞くんじゃねーよ」
いちいち聞いて、いちいち答えてたらアホみてーだ。言うとサムはますますおかしそうに笑った。
「ディーン可愛い」
「お前の目はおかしい」
「どの口だよそんなこと言うのは」
「おい、それはなしだ!」
重なりそうになった唇をそむける。
「どうして」
「なんでも」
「これはいいのにね」
目の端にキスされる。
理屈なんかあるか。ダメなものはダメだし、平気なものは平気だ。
「じゃあさ、明日買い物に行こうよ。」
サムの手がゆっくりと髪を梳く。
「?」
「二人の物、買いに行きたい。一緒に」
インパラ少し行った所にショッピングモールがあった。
ボビーも近くに来たからと待ち合わせる。
「何で食器なんだ?」
自分の買い物はさっさと済ませ、様子を見に来たボビーにサムが振り返る。
「最近自炊することが多いんだけど、モーテルには食器ないことが多いし、その度いちいち紙皿買うのも面倒だから」
「重なるとか、かさ張んないのにしようぜ。あととにかく丈夫な奴。割れて俺のインパラが汚れるのはごめんだ」
「フォークとナイフとスプーンはいるよね。カップこの緑のにしない?」
「いいんじゃないか」
「ディーンの目の色と似てるよ」
「うわ!寒いぞお前」
顔をひきつらせてディーンが一歩下がる。サムがけらけらと笑った。
「会計してくるね。ボビーとどっかで座って待ってて」
「おー、とっとと行って来い。俺はコーヒーでも飲んで寒さをしのぐ」
ディーンが手に持った商品を全部ドカドカとサムの持つかごに放り込み、サムはそのこめかみにキス落としてからレジに向かっていった。
ボビーとディーンはカフェのテーブルで一服する。
レジに並んでいるサムがちょうど見える位置だ。手を振ってくるので小さく手を上げてやる。
「あー、それにしても目の色とか言い出すとは思わなかった。恥ずかしい奴だなー」
寒いぜかゆいぜ。言いながらコーヒーカップを持っていると
「他はいいのか他は」
なぜかボビーに呆れられた。
「これでまだ解けないのか?」
ボビーが尋ねる。
「まだなんだ・・・・」
ディーンは答えてコーヒーをすする。
しばらくしてサムが戻ってきた。
入れ替わりでディーンが席を立つと、サムが
「まだなんだよボビー」
と苦笑した。
「まだなのか・・・」
ボビーはつぶやいてコーヒーを飲む。
頼ってこられると放ってはおけないが、いちいち報告しないでもいい、と思わず思う。
テーブルの向かいでは、サムがこちらに戻ってくるディーンに小さく手を振っていた。
おしまい
書いたワタクシ自身、帰りの通勤電車で頭痛を覚えたのは、どのセリフでしょーか。