ディーン・スミスの恋愛経験は多い。だが恋人と一緒に暮らしたことは無い。軽い付き合いは経験豊富でも、プライベートに深く入られるのは苦手だったからだ。
だからコールセンターのがたいと態度の大きい男と付き合うようになった後、相手が「一緒に住もう」と言い出して、すったもんだの挙げ句にその希望を受け入れることを決めた時にも期待よりは関係の終わりに繋がるような気がして少しばかり憂鬱になったりしたものだ。
だが、同居が始まって数ヵ月。
言い争いや意見の相違が多々あるわりに、サム・ウェッソンとの生活は妙に自然に続いていた。
「おい、俺は肉はいらないって言っただろう」
「えー?少しは食べなよ赤身肉だし。ベジタリアンじゃないでしょ」
「今週はもう2回食べた」
「何であんたそう神経質かなあ」
「自己管理しているだけだ」
最近残業なしにさっさと帰宅しているのは、一緒に夕食を取りたいためとかそういうわけではない。どうも自分と同じような食生活をディーンにさせたいらしい大男とキッチンで言い争いたいからでももちろんない。断じてない。
「ほら」
口元にフライパンで調理していたものを突きつけられ、少しためらってから口を開ける。鮮度のいいホタテをオリーブオイルで焼いたものに、同じくソテーしたポロネギが少し乗せてある。
「…美味いな」
「でしょ?ほんとはバターでソテーした方が美味しいんだけどね」
サムも一口自分でも味見をしながら言う。
「よしてくれ。いい加減この頃油が多い」
ディーンはレタスを千切りながら呻く。体重を一キロ増やすのはごく簡単だが、落とすのはいつも苦労するのだ。
「何度も言うけどさ、脂肪もある程度は取らないと体に悪いんだよ?僕だって肉もバターも食べるけど体脂肪11%くらいだし」
「…なんかお前は身体が違う」
「ワークアウトしてるからだよ」
「だけじゃないな絶対。実はプロテインとか飲んでるだろう。コールセンターで座りっぱなしの癖に筋肉ガチガチだし」
「でも、好きでしょガチガチ」
いきなり会話の色が変わって、ディーンは思わず横を見る。視線が絡んで言葉に詰まっていると、ちょっと困ったような表情をしたサムが顔を近づけてきた。
一緒に暮らすというのは。
レタスを持ったままキスを受けつつディーンは考える。
予告も手順も雰囲気もなしに、いきなりこういう接触になるのがなんだか即物的だ。
「またなんか変なこと考えてるだろあんた」
唇を離したサムが少し眉をしかめて言った。
それはお前だ。
だが営業部長と法学部出身者が舌戦を始めようとしたその時、フライパンが焦げだす。
変な感じだ。
ホタテ救出に勤しむサムを横目にレタスの残りを千切りながらディーンはまた思う。
他人が近づきすぎると冷めやすい自分なのに、こんな理屈っぽい筋肉だるまと暮らして嫌にならないとは。実は自分は男相手の方がフィットする性癖だったんだろうか。知らなかった。こんなうるさいガキがタイプとは自分の趣味を疑う。
「それ、多くない?」
サムの声にはっと手元に意識を戻すと、いつの間にかひと玉全部ちぎってしまって、ボウルにレタスが山盛りになっていた。
一緒に暮らすだけでディーンとしてはあり得ないほどの事態なのだが、年下デカ男の要求はきりがない。同居を始めて早々に、
「ベッドは一つにしようよ」
と言われたときの衝撃は今でも忘れられない。結局押しきられて、キングサイズのベッドが運び込まれるときの気まずさはこれまでの生涯でも一二を争うものだった。
だがまだ甘かった。
「今度、この州でも同姓婚が認められるようになったんだよね」
ディーンが皿に敷いたキッチンペーパーの上にホタテとネギを乗せて油を切っていると、テレビのニュースに目をやりながらサムが呟く。
「ああ。そういえばやってたな」
経済効果もあるらしいが、今のところ直接サンドーバー社には影響しない話題だ。
「あのさ」
「なんだ」
「だから結婚しない?」
「はああ?!」
「この間夢見てさ、あんたが怪我して入院してて僕が病院にかけつけるんだけど、『友人の見舞いは遠慮してください』とか言われて入れてくれないんだよ」
「・・・・そうか」
「で、次に結婚してる場合も夢に見たんだけど、集中治療室にいるあんたのところにすぐに行って、手を握ったりでした!」
「・・・・・よかったな」
エリートビジネスマンの人生で、そうそう集中治療室に世話になる可能性はない。救急時に備えて結婚と言われても、「なんだそれは」というのが正直な心境だ。しかしながらエリートはプライベートでもこんな時「馬鹿かてめえは」などとは言わない。
「まあ、考えておくよ」
視線は皿に向けたまま万能のお返事で流す。
と、テーブルの上で手を握られた。思わず視線を上げると、なんだか情けない顔の男がいる。そんなに緊急時が心配なのだろうか。
「心配するな。俺のIDと一緒に、緊急時の連絡先でお前のナンバー入れといてやるから」
言ってやるが捨て犬のような顔は晴れない。
「まさかと思うけどさ。緊急時のためだけでプロポーズしたとか思ってないよね?」
「ああ、もちろん」
まっすぐ目を見て頷いて見せる。人間関係、正直だけが美徳とは限らない。そして改めてプロポーズという単語はなかなか衝撃的だった。
「なんだか今の仕事中みたいな物言いで信用できないんだよね」
「失敬な奴だな。驚いて悪いか」
「そりゃそうだけどさ・・」
ぶつぶつ言いながら自分の皿から肉を取り分けてくるので「おい」と睨む。サムは悪びれず、
「今日の、かなりうまい具合に焼けたと思うんだよ。ちょっと味見だけしてよ」
と笑った。それこそ可愛い新妻でもあるまいに、30近い男が自分の食う肉を上手く焼いたからってそれがどうした、とは思うのだが、実際にこのでかい図体で嬉しそうに「見て見て」と寄ってくるとどうも無下にできない。ついでに話題がそれたのにほっとして、結局受け取ってしまった。
そういえば同居の時といい、ベッドの件といい同じように押し切られたことを思い出したディーンは、上司の面目にかけても今度こそ好きにはさせまいと自分に誓ったのだが、残念なことに仕事以外の話ではどうも自分が押し切られがちだということは、今日も脳みそからすっぱりと消えているのだった。
終わんないけどとりあえずここまで
30000ニアピンの師匠から、「OLPなら結婚後、SWなら同居の後の結婚話でイチャイチャ!」という可愛くもハードルの高いお題をいただきました~いや、なんかいつも通りというかより酷いというかですんません。もっといいバージョンを思いついたら、迷いなくこれを捨てて白々しくそっちに書き換えますので!
[36回]