晴れた日の休日と言うのはただでさえ気分がいい。
頭の痛い仕事上の懸案事項もなく、一日ゴロゴロ寝ていてもいい日ならばなおさらだ。
なので日もすっかり高くなったというのに、ディーン・スミスはシーツの上で文字通りごろごろを満喫していた。遮光カーテンは開けたので、寝室には文字通りさんさんと陽の光が入っている。
「ほんとによく寝るねあんた」
頭の上から呆れたような声がして、目を開けるとシーツを抱えたTシャツ姿のサム・ウェッソンが見えた。週末の仕事帰りから泊まっているせいか、どんどん態度がでかくなって、家主がまだ寝ているというのに、家の中で勝手に動き回っている。
「ほら、シーツ換えるから、いい加減起きなよ」
いかにも人の正道を説くような顔をして起床を促すが、ディーンは頭も上げずにフン、と笑った。
なんで昨日換えたばかりのシーツをまた換える必要がでたかと言うと、こいつがひどい汗っかきだからだ。そしてなんで自分が昼近くなってもまだ起きる気になれないかと言うと、こいつがしつこくて朝方まで眠れなかったからだ。よって今、こいつが早く起きているからといって、その説教に恐れ入る必要はない。
リネン類がべたべたしているのは嫌いだが、陽が入るせいか、汗を吸ったシーツはもうあらかた乾いていて、もう速攻換えたいような状態でもない。だからディーンはさっきからうつらうつらとまどろみながら、部屋の中でウェッソンが動く気配を追っている。
隣から起き出した男がシャワーを浴び、キッチンに移動してコーヒーを入れる気配。漂ってくるコーヒーの香りに、ああ、この間は淹れたてのコーヒーに釣られて起きたから、また枕元まで持ってくる気かな、などと考える。だけど今日はこの間とは疲れ方の度合いが違うので、とても起きられないだろうと思う。ざまあみろという気持ちと、がっかりさせるかという気持ちが眠りに浸った頭の中で交錯した。
だが、入り口に立つ気配はしたもののそのまま足音は遠ざかり、少し気が抜けたディーンはそのまままた睡魔とねんごろになったのだが。
何となくまだ寝ぼけた頭で起きろと急かすウェッソンの姿を眺めた。他人様(しかも上司だ)の部屋ですっかりくつろいだ様子の態度も身体もでかい男は、今日はシンプルな白いシャツとデニムを着ていた。もとから癖のある髪は、セットもしていないのであっちこっちぴんぴんはねている。
「もー、あんた寝起き悪過ぎ」
ぼーっと見ている間にも眉間に皺が寄りだす。やっぱり短気な奴だと思いつつ、そんな短気ででかい男がウロウロしていても自分が気にせず弛緩しているのがちょっと意外だった。
今まで付き合ってきた相手は多いが、どちらかというとディーンは相手が馴れた様子を見せ始めると気持ちが引く方だ。
それがどうしたわけだろう。馴れどころか古女房並にガミガミうるさく図々しい巨大物体が気にならない。それどころか。
「勝手に起きるな」
「え」
口からふと声がでて、ウェッソンが目を丸くする。無理もない何を言ってるんだ俺は、と頭の片隅で思いつつ何故か身体も相手に向けて動く。
「戻れよ」
気配を感じていたときはそれで満足していたのに、目で見ると急に自分から離れて勝手に動いているのが腹立たしくなった。
こっちにこいと手まねきすると、なんだか妙な顔をしつつもシーツを脇に置き、近付いてきた。腕が届く位置に来たので掴んで、迷わずベッドの上に引き倒すと、抵抗せず素直に倒れてくる、その素直さに気分が良くなってぴんぴんと髪の跳ねた頭を抱え込んだ。素肌にこすれる布が邪魔で、シャツの下に手を入れて朝方まで触れていた張りのある感触をもう一度確かめる。
首筋に顔を埋めてくん、と匂いをかぐと、やっと何となく満足して息をついた。
だが。
「…何すんだ」
ディーンが満足したのと入れ替わるように身体に回った手がなにやら不穏な動きを始めるので叩き落とす。くっつきたいだけなのだ。じっとしてろ。
「うん」
返事だけは良い子だが、手は相変わらずゆっくりと身体のラインをなぞるように動いている。
「おい」
身体を捩る。ほんの数時間前まで交わっていたのにまだやる気か。俺はまだだるい。抗議の意思を込めて髪を引っ張る。
「うん」
何かウダウダ言ってくれば回した腕を即座にヘッドロックに変えてやれると思うのだが、汚いことに口の達者なはずの年下男は、こんなときに限って弾みになるようなことを言わない。
繋がっていた場所にゆっくりと触れられて肩がぴくりと動いた。
「まだ痛い?」
「当たり前だろ」
短い問いに短く返すと大きな身体がはあーっとしぼむようなため息をついて、手の動きから色めいた気配が薄れた。心持ち腕が緩み、意識してゆっくりと呼吸する様子から、熱を散らそうとしているのが良くわかる。その妙に従順な様子が悪いツボに入った。
「…やるんならそっとしろよ」
また口が勝手に動き、言った瞬間に後悔する。反対にウェッソンは
「うん!」
と良い子のお返事再びで、満面の笑みを浮かべた。ついてればしっぽまで振りそうだ。
明るい陽の下で見ても、やっぱりこいつは犬っぽい。
後悔しつつもその顔につられて少し笑ったディーンは、近づいてくる顔の周りで跳ねた髪をちょっと鋤いた。
そして三〇分後。
ゾンビのようにヨロヨロとバスルームから出てきたディーンは、ウェッソンが今まさに換えたばかりのシーツの上にバタリと倒れる。
「わあ!なにすんだよ」
「・・・うるさい。あんだけやった起き抜けにまたマジでやりやがって」
「不可抗力だ。さっき自分が何したか考えろよ。あんたの言動聞いたら、陪審員だってそりゃ無理ないって言うよ」
「法学勉強しなおした成果がそれかよ」
ぎゃんぎゃん喚くウェッソンを尻目に、もう今日は昼まで寝てやる、と開き直ったディーンはそのまま目を閉じる。
起きたらコーヒーを淹れさせて、どうせ不貞腐れている男とその後の休日をどう過ごすか考えよう。
忙しいオフィスワークの後の貴重な休日に、でかい男の小言をBGMに安らいでいる自分が不思議だった。
END
・・・・・・・・・・・
きっとまっぱな部長がシーツにくるまって寝てる部屋で、ウェッソンは「まだ寝てる。信じらんないよ」とか言いつつ半日パソコンして筋トレでもしてる、というできちゃった後のSW休日風景でした。
[29回]