ハンターなんて稼業をしているからには、命の危険なんて日常茶飯事だ。
そんなこと狩りをしている者ならば皆、いやと言うほど知っている。
だが、知っているからといって、「それ」が「今」になった時、動揺しないというわけではない。
ディーンはぼんやりと薄い色のカーテンで半分囲われた白い天井を見つめた。
何が起こった。
よく回らない頭で思い返す。
ごく普通に狩は終わったはずだった。魔女を見つけ、倒し、諸々の物を塩で清めて焼いた。そしてさて終わったとインパラに足を向けたまでは覚えている。
その後何があった?
鼻には何度か世話になった覚えのあるチューブが突っ込まれているし、視界の端ではモニターが、みるからにフラフラした線を映し出している。なんだっけありゃ。脈拍か、呼吸か?
数値や計器は思考の表面をゆらゆらと漂い、消えて行くばかりだが、感覚がはっきりと告げている。
これはやばい。体の中のどこかが、はっきりと壊れているのがわかる。そして息をするたびに、さらにどこかが破れて行くような気がする。
ぼんやりしていると視界に難しい顔をした医師が入って来て、原因不明かつ深刻な状態であることを告げた。が、ディーンは簡単に目だけで頷いた。検査では解らない心当たりが嫌と言うほどあったからだ。
「多分、何かを仕掛けられたんだ。呪袋かなにか」
声が聞こえて視線を向けると、サムが直ぐ横に座っていた。
いかん、こんなでかい物体に気付かないとは、かなり朦朧としてんな。ディーンは自分で自分に突っ込む。まあ、実際死にかけなんだから無理もない。
「外傷はないんだ。内臓の損傷も。ボビー達が今手がかりを探してくれてる」
だから気をしっかり持ってね。
両手で握った手をそっと撫でられる。寝ていないように目が赤かった。
「お前は?」
「ディーンを見てる役」
「なんだそりゃ」
声は出ず、唇を動かすだけでやっとだったが、サムには伝わったようだ。そうっと長い指がディーンの額に触れる。
「今回はこれが適材適所なんだってさ」
サムの手が身体を揺らさないようにディーンの髪を撫でる。こんな時でもやっぱりサムの手の感触は気持ちがいい。だがしかし、段々意識がはっきりしてくるとこの場に横たわる問題に気付く。医師の前で呪袋とか言ってるし、サムの背後にはさらにナースの軍団がいて、こちらをガン見している。サムは集まる視線を知ってか知らずか(気づかないわけはない)、今度は握り締めたディーンの手に唇を押し当てている。
「おい止めろ」
と口を動かして訴えるが今度はきれいに無視された。
ちなみに正気の弟は、例え世界が終わりかけていようと(比喩ではない)ディーンに対してこんなことはしない。
ということはだ。
「愛してるよ、ディーン」
そしてとどめの様に囁かれる。
なんてこった。こんな時にか。落ち着いて死んでもいられねえのか!?
狩りの途中までは確かにいつもの弟だったのに、いつの間にやらサムはガッツリと「夫化」していた。
頭痛え。すでに身体中痛いのに、さらに種類の違う痛みに襲われてディーンは呻く。サムがすかさずそっと眉間を撫でる。止めろ、元凶はお前だ。
「ええと、サム、君と患者さんの関係は・・・」
横の医師が戸惑ったような声を出す。
「さっきも言いました。弟です」
涙を堪えた顔で、こんな時でもサムはちゃんとディーンとの約束を守ろうとしている。
んが。
誰が信じるか。
瀕死なのに死に切れぬ思いでディーンは思い、医師はやっぱり信じた様子がなかった。
原因は呪袋か、それとも他の物か。
ボビーだけでなくエレンやジョーも探してくれている、とサムは言うが、数日経っても容態が良くなる気配はなく、どうやら捜索は難航しているらしい。ディーンはほとんど時間感覚なく過ごしていたが、目を開けると大体はサムが傍にいる。そんでもってディーンが目を開けるたびに手を握ったり髪を撫でたりしているので、最早すっかりカップル扱いだ。今もすぐ後に看護師がいて、プロらしい抑制された表情で二人を見守っている。せっかくバッチリ好みのブルネットの美女なのに。瀕死のいい男と美人ナースなのに、悲劇だ。どうせ病院にいるのだから放っておけというか、手がかりでも探しに行け、と思うのだが、そういう時の口パクはサムに通じない。一度だけふと気がついたら交代したらしいジョーがベッド脇で涙ぐんでいて、却ってディーンの方が慌てた。
「まだ見つからない?ボビー」
サムは夫状態にしては珍しくイライラした様子で電話に向かって話している。
「天使も来ないんだ、こんな時に限って。悪魔?取引はしないよさすがに。死神は来てないみたいだ今のとこ。でもディーンにだけ見えてる可能性もある」
声は一応潜めているのだが、それでも聞こえるらしくさっきから廊下からチラチラとスタッフ達の視線を感じる。意外なことに普段落ち着いている「夫」の方が、こういう時の声はでかくて目立つ。
「ディーン、死神見える?」
振り返ってサムが言う。
「お前、少し声絞れよ」
「ごめん、心配でつい」
しかし、その後もなかなかボビー達からの知らせはなく、ディーンは次第に本当に死神が現れたら現れたでいいか、という心境になってきた。何度も自然な流れを捻じ曲げて、この世にしがみついている自分だ。いつ本当にその時が来ても文句は言えない。幸い今なら下手な契約もしていないので、天国行きの可能性が高い。行方が知れないという父を、天国で探すのもいいかもしれない。
「諦めちゃだめだ、ディーン」
一種悟りというか、穏やかな心境に至りかけていると、何故かバレたらしく、サムの声で現実に引き戻された。
「もう少しだから頑張って。元気になったら映画でもカジノでも連れて行ってあげるから」
「・・・景気がいいな。後になって慌てるなよ」
笑おうとして吸った息が詰まり、少し咳き込みそうになる。察したらしいサムがそっと背中をさすった。
「ラスベガスでもマイアミでもいいよ。一緒に行こう、ね?」
ああ、死にかけてるからだとはいえ、弟が優しいってのはいいもんだ。
しかし、そういえば今は弟じゃなくて夫状態だったと思い出す。俺がほんとにダメだったら、こいつはどういうことになるんだろう?
穏やかな心境から、急激に遠くなってきた。こんな時こそボビーと相談できるといいのだが、ボビーは出かけっぱなしのようで一向に顔を見せない。
よもやまさかとは思うが、配偶者との死別ショックでサムが正常な状態に戻らなくなったりしたら、それこそ死んでも死にきれない。正気に戻ったら兄の埋葬中なんてのもなんだかぞっとしないし、できればまともな状態に戻してやってから死神の世話になりたい。
はて、しかしこの状態で夫状態のサムが満足するために何ができるだろう。ディーンは考えた。そしてふと、思い付いてちょいちょい、とサムを手招きする。近づいてきたサムに
「おい、今ならヤってもいいぞ」
と言ってみた。
もうできないかもしんないし、とは言わなかったのだが、サムは目を丸くしたあと、呪いが解けるどころか珍しく目を吊り上げて怒った。
「馬鹿なこと言うんじゃない!身体に障るに決まってるだろう」
あー、そりゃそうか。
ディーンも改めて自分の状態を省みる。名残の何とかというよりは、最中に死体になりかねない。思わず自分で言っておいて笑ってしまうが、サムは笑わず涙目でひきつっている。
「元気になったらいくらでもしよう」
「しねーよ」
即座に返すとやっと微かに笑った。
「弱気にならないでディーン。あと少し頑張ってくれ」
手を握られて、目尻に震える唇が押し付けられる。
いや、弱気になったんじゃなくてな、お前の先行きに対する兄ちゃんの心配がな。
そう思いつつふとサムの背中ごしに周囲を見ると、またもナースの大群が病室前に鈴なりになっている。しまった、自分も結構余裕が無いらしい(死に掛けだから当然だが)とディーンはため息をついた。
しかしながら結局ディーンは無事回復した。サムがまたぞろぞろスタッフがいる前で、
「僕を置いて逝かないでくれディーン。あなた無しじゃ生きていけない」
と、でかい声で言うので思わず叩こうとしたら、突然腹筋だけで起き上がれて、サムの頭に見事な一発を食らわせてしまったのだ。
「うわ!」
「ディーン!?」
サムは驚いた顔をしたが、ディーン自身も驚いた。そして周囲にいた医者たちは更に更に驚いていた。
慌てて医師がチェックをすると、さっきまで死に掛けていたのが突然すべての機能が回復している。ボビーたちがついに元凶を始末してくれたらしい。医師たちは戸惑うが、ディーンにとっては当然の成り行きなので、さっさと退院準備を始める。
恥を散々晒してきたが、まあ退院してしまえばそれまでだ。ディーンはブチブチと身体中につながれたチューブ類を外しながら心の中で呟いた。
終わった終わった、忘れよう。
だがしかし。
残念ながらそれでは終わらなかった。
「・・・・・嘘だろ」
「本当よ」
「本当だ」
めでたく回復を祝ってボビーの家で飲んでいる席で、ディーンはボビーたちから驚愕の事実を告げられた。
「ディーンったらサムが傍を離れるたびに、あっと言う間に死にかけたのよ」
あーあ、と言いそうな顔でエレンがグラスを傾ける。
「血圧も脈もみるみる下がって」
「凄かったわよねえ」
ジョーもため息をついた。だからサムはボビーたちと探索に行けなかったらしい。
「しかもサムが触ったりなんか優しいことを言った時だけ意識が戻るし」
「サムがあんまり寝不足だから、一回だけ交代したらホントにすぐ死にそうになって、どうしようかと思ったわよ」
「・・・」
そういえば一度だけ、目を覚ますとジョーがいたことがあったが、そういう状況だったのか。
「ジョーがいた時も起きたろ」
「ワンワン泣いてたらね」
「・・・まあ、こいつの痒い台詞に耐えられなかったんじゃねえのか」
言うとジョーはまた肩をすくめる。
「それで、サムがキスすると起きるのよね」
「・・・・嘘だろ」
さすがにそれは男としての沽券とかに色々と色々と関わりそうな気がする。救いを求めてボビーを見るが、残念なことに静かに頷かれてしまった。
「もちろん病院での綽名はスリーピング・・・」
「聞きたくねえぞ!!」
ジーザス。
なんだそりゃ。しっかりしろ俺の血圧。
肝心のサムは笑うだけでコメントしないのが却って怖い。
「まあ、めでたく回復したんだから思う存分仲良くしなさいな」
「いや、別にしたくねえし」
反論するが誰一人相手にしてない。はいはい、と流された挙句、今日はもう休めとエレンに強制的に宴会をお開きにされた。
大変に気詰まりな心境で2階の部屋に上がる。
ついモーテル暮らしの習慣で、ボビーの家でも二人同室にしているのが致命的に呪わしい。サムがさっきから黙って後ろについてくるのも大変にプレッシャーだ。扉を閉める音が妙に響く。
「ディーン」
「しねえぞ」
即答して振り返る。背後を取られてなるものか。だが、サムはディーンの警戒に反応せず笑った。
「ハグは?」
「あ?」
「ハグだけしてもいい?」
そう来られると断りづらい。
「・・・あー、まあ、いいけどな」
ゆっくりと抱きこまれ、ディーンもサムの背に腕を回す。
「良かった、ディーン」
「・・心配かけて悪かった」
ポンポンと背中を叩くと、さらにきつく抱きすくめられた。どうも思った以上に死にかけていたらしいので、さすがにサムにも悪いことをしたと思う。ハグぐらいなら気の済むまで付き合ってやろうとディーンは思い、背の高い背中に改めて腕を回した。
だがその後、ディーンの予想と覚悟を上回って延々とハグは続き、15分ほど経過したところでディーンはサムがそのままの姿勢で熟睡していることに気がついた。
もちろんディーンが起きないサムをベッドに突っ込んで、やれやれと自分のベッドで寝たことは言うまでもない。
そして、どこが悪かったのかもはや見当もつかないが、サムの「夫状態」はその後かなり長いこと解けずに延々と続いて、ディーンを色々な意味で反省させたのだった。
おわり
Iさま!「ディーン死にかけ&夫超心配」という素敵なお題をありがとうございましたー!「死にかけ」に萌えすぎてうっかりシリアス方向に突っ走った挙句につっかかり、こんなにお待たせして申し訳ありませんーーーー!!甘々になってるかもう自分でよく分からないのですが、捧げさせていただきます。す、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです・・・
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