結局、その夜ディーンは帰らなかった。何度か携帯を鳴らしたが返事は返らず、夜中を過ぎた辺りで『今日は外に泊まる』という短いテキストが送られてきた。週明けはもちろん仕事の予定が詰まっていたサムはさすがに待つのを諦めて自室で休んだ。話は明日だと思いながら。
だが翌日、そろそろ仕事を切り上げなければと思っているところでセルフォンが鳴った。発信者を見たサムは書類を放り出して即座にそれをつかむ。
「ディーン!」
『よう、まだ仕事中か?』
「うん、ディーンは?」
普段通りの声に、少し肩の力を抜きつつ尋ねる。とはいっても、ディーンの仕事は基本的にそう遅くなることはない。余程緊急の事故車でもあれば別かもしれないが。
『今一度戻ったとこだ』
だが、耳から入った言葉を認識した瞬間、文字通り血の気が引く。一度戻った?
「どういうこと?ディーン」
とっさに頭の中で戦略を考えようとする。流さず追求するべきなのかまずは穏やかな態度で事情を聞き出すか?
だが法廷の駆け引きの経験あれこれはとんとこの場の役には立たず、馬鹿みたいにどうしようどうしようという思いと、焦りばかりが頭を回る。声が震えないようにするのが精一杯だった。
『慌てんな。別に別れ話じゃねーよ』
そして付き合いの長い幼馴染みは、サムの動揺をムカつくほどあっさり見抜いてくる。
「そう?」
『ああ』
「なら良かった。ほっとしたよ」
そう素直に言ったのは半ば計算、半ば本音だ。
『ばーか』
だが、宥めるような低い声に、逆に動悸は早くなる。
『あのな、帰ったら直接話すかと思ったが、まあ電話でいい。繰り返すが別れ話じゃないからな』
「…なに」
『店の上に部屋があるんだが、そこをしばらくなら使っていいって店長が言ってんだ』
「…それで」
穏やかに話さなくてはと思うのに、声が尖るのを止められない。嫌な予感がどんどん大きくなる。
『前にも言ったことがあるけど、ちょっと部屋分けてみようぜ』
「やだ」
即座に返してしまうと、受話器の向こうでディーンが笑った気配がする。
『試しだ。お前もこの際ハウスキーピングとか使ってみろよ』
「やだってば」
『じゃあ、俺は超早寝の男になって部屋で寝てると思っとけ』
「…」
『とにかく俺は試したい。どうすんのが俺とお前にいいか、やってみて週末にでも話そうぜ』
「…電話してくれる?」
『わかった。じゃあな』
そう言って通話は切れる。サムはしばらく端末を握りしめたまま固まっていた。ふと目を上げて時計を見ると21時を回っている。
ディーンが何時に家に戻ったのか分からないが、これから店に戻ると結構な時刻だ。部屋でしばらく待ってくれていたのかもしれないと思うと、書類に埋もれていた自分を殴りたくなる。定時に帰ればきっと会えたのだ。
明日、店に行ってみよう。そう思いつつ書類を捲る。だが、朝ディーンの店まで行けばこちらの仕事に遅れるし、間に合うような時間となると早朝だ。そしてサムの仕事が終わった後だと例え定時でも確実に間に合わない。
一瞬、風邪を引いたとか家族が怪我をしたとか、適当な口実をつくって休んでしまおうかと思うが、新しい案件を任せてほしいと、ボスに頼み込んだのはサムだ。
好きで選んだ道だからいい加減なことはしたくない。
とにかく明日の為に少しでも早く今の一仕事に目処をつけてしまおうと、サムはちらりと時計に目をやり、改めて書類に向き合った。
続く
続きは大体決まってるのになぜか止まっていた幼馴染たちでした。
そして短いけどとりあえずアップ
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