「ちょっと待っててくれないか」
出張仕事を終えて帰りの空港に向かうべく繁華街の中を歩いていたサムは、隣からの同僚の声に足を止めた。やや陽は傾き始め、だが外灯が点き出すにはまだ間がある時間だ。
「どうしたんですか」
「家内に買ってきてくれって頼まれてたんだ」
ちょいちょいと指で指す方向を見ると、サムも知っている高級ポップコーン店だ。オフィスへの差し入れでもらったことがあるが、わざわざリクエストするほどに好きな人もいるとは知らなかった。
だが同僚に付き合って店に近づくと、驚いたことに店内には行列ができている。
「へえ」
半ば感心、なかば呆れていそいそと列に並びに行く同僚を見送っていたが、ふと思いついてセルフォンを取り出した。
『どうした、サム』
「ディーン今どこ?」
兄のディーンはサムが出張に出た3週間前にはアパートにいなかった。狩か仕事か、それはわからないが。
「家だが」
「これから明日くらいってそこにいる?」
『何かあったのか』
兄の声が微かに緊張の色を帯びるのに慌てて否定する。
「いや、違うよ。これから帰るんだけど、お土産買おうかどうしようかって思ってさ」
『はあ!?』
途端に声が頓狂になるのに噴出す。まあ驚くだろう、無理もない。自分たち家族には馴染みのない単語だ。
「いるならいいや。買って帰って食べる人いないんじゃしょうがないしさ、じゃあね」
『おいサム・・・』
何か言いかけるのを遮って切る。同僚の後ろには既に何人かの客がいたが、その列に加わった。なかなか進まない列に並びつつ、口元が緩みそうになるのを抑えるのに苦労する。記憶の通りならかなり味も濃くてカロリーも高そうなそれは、ジャンクフード好きの兄がいかにも好みそうだった。
「ただいま。ほらお土産」
帰宅したサムがストライプ柄の大きな缶を渡すと、ディーンがなんとも微妙な顔をした。
「どうしたんだお前」
あからさまにいぶかしみつつ、それでもしっかり受け取って蓋など開けている姿を見ながら、サムはやっぱり笑ってしまう口元を堪えるのを諦める。
「いや、なんか良くない?家に帰って誰かにお土産渡すとかさ」
「子供じゃねえぞ」
「いいじゃん、家族なんだから」
その瞬間、互いの脳裏に浮かんだのはきっと父の姿だ。
狩でボロボロに疲れながら、それでもサムが小さい時はたまにちょっとした土産を買ってくることもあった。だがそれはもう薄っすらとしか思い出せない記憶の彼方で、サムが物心ついてからの父の帰宅に、甘い菓子など無縁だった。
「可愛い彼女ならもっといいだろうに」
言われてサムは目を見開く。
「いや、彼女には結構買ってたんだけどね・・・」
恋人と住んでいたころは、長い留守の後など寂しい思いをさせた謝罪も含めた気持ちで結構あれこれ買って帰っていた気がする。だがそれは今日のこれとはまた何か違う。
「・・・ま、いいけどな」
蓋を開けたディーンは2色入っているポップコーンをしげしげと見つめたあと口に放り込み、
「うまいな」
と目を輝かせた。
「やっぱり。兄貴こういう濃い味好きだと思った」
肩をすくめて言うと、行儀悪く立ったままつかみ食いを始めていたディーンがニカッと笑う。気に入ったのはいいがそのまま猛スピードで食べ進みそうなので、慌てて注釈を入れる。
「40分も並んだんだから、大事に食べてよ」
「ホワア!?」
振り向いた顔が例によってリスの頬袋状態になっていてまたサムは笑った。
「食い物買うのに40分?弁護士先生はタイム・イズ・マネーとか言ってなかったか」
「家族への土産はお金に勝るんだってさ」
もちろん急ぎの用事が無い時に限るが。
年上の同僚の口調を真似つつ、止まった兄の手の横から大粒のポップコーンをつまみとり、口に入れる。コーティングされたキャラメルがカリカリした感触で確かに美味い。
そのまま二人で立ったまま、競うようにポップコーンを口に運んだ。
・・・・
それ以来、何となく互いに遠方に出かけた後、ちょっとしたものを買って帰ることが増えた。もちろんそれが可能な時にはだが。
ニューヨーク、オレゴン、ユタ、ミズーリ、カリフォルニア、コロラドetc.・・・
「こうしてみるとあちこち行ってるよね」
「幽霊も悪魔も場所関係ねえからな」
とは言うものの最近はディーンが出かけることは少なく、サムが出かけるのは決まった契約先がほとんどだ。土産の頻度はサムの方が多く、バラエティはディーンの方が多いといったところか。
奇妙なものだが、土産をもらう時よりも、持って帰る時の方がサワサワと胸がこそばゆい気がする。きっとそれは自分がもう子供ではない故の違いなのだろう。
少なくともサムはそうだった。
表情から推察するに、多分ディーンも同じようなものだろう。
ただいま。お土産買ってきたよ。
そう言って家のドアを開けるのは何となく幸せだ。
遠い日に消えたものを拾っては見せ合うように、穏やかに日々は続く。
おわり
いやー、GWにお土産で高級ポップコーンいただいたんですが、待ち時間が2時間半って聞いて驚きました。そしてチェダ-チーズとキャラメルのフレーバーで、味もがっつりでアメリカン・・・・そう思った瞬時に『兄貴が好きそう』と。
オタクの脳は本当に何でも萌えにつなげる・・・
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