何が間抜けって、
「なにもすんなよ」
と言い渡している当の相手のベッドに、シャワーまで済ませて自分から入り込む以上に間抜けなことがあるだろうか。
しかも相手は自分達をパートナーだと思い込んでる弟ときたもんだ。
安い部屋の割になかなか出のいいシャワーをそれこそ打ち付けるように浴びながら、ディーンの眉間のシワは消えない。
これ以上深みにはまらないための、何かいいアイデアがないもんかとさっきから悩んでいるのだが、浮かばないうちにシャワーの湯が温くなり出したので、諦めてバスルームを出た。
うっかりいつもと同じように着替えなど持たずにバスルームに行ったため、バスタオルを腰に巻いただけの格好で部屋を横切り、自分のベッドでシャツとボクサーを身に付ける。
いかなサムでもさすがに今さらディーンの身体が見えたからといって、どーのこーのということはないだろう。
そしてサムはというと、先に自分のベッドには入っているものの、灯りは落とさずに何やら本を読んでいる。ディーンが出てくるのを見るとニコリと笑い、頬にえくぼが浮かんだ。
あーあ、
とディーンはため息をつきそうになる。
嬉しげで優しげで、かつ男くさいその表情は、我が弟ながらポイントが高いぜと思うのだが、見事なまでの無駄使いだ。
減るもんでもないが、そんな顔、本当にどっかの可愛い子のためにとっておけばいいのに。
「ディーン、髪の毛濡れてるよ」
放り出したバスタオルをサムの手が拾い、ざっと拭いただけの頭に被せてくる。どうも夫モードの時のサムは、ディーンの身の回りに構うのが好きだ。
「自分でやるっての」
「うん」
ディーンが払おうとするとあっさり手を離す。
例えばこれが弟だったなら(正気のサムは間違ってもディーンの髪を拭こうなどとしないが)、
「だったらちゃんと拭けよ」
とか何とか、むくれそうなものだが、この差はいつもながら不思議だ。そしてディーンが再度放り出したタオルでちょっと首のあたりを拭う動作をしてから脇にのける。
そのまま自分のベッドに戻ると、ごく自然にシーツをめくった。
「ほら、どうぞ」
「おう」
強制するでもないサムの態度が随分と気を軽くしたので、開き直ってそのままシーツの下に入り込む。
サムの手が灯りを絞り、どちらともなく軽く息をついた。
「来てくれて嬉しい」
サムが柔らかい声と共に頬を撫でる。
「・・・寝ろよ」
「うん」
結局のところ、サムの
「来てくれたら我慢する」
という言葉を自分が信用しているのが何とも言えない。
健康な男としてありえん。しかしサムがいらんほどに健康な男であることは不本意ながら身をもって知っている。
つまりはサムはディーンには理解不能な「愛してるから云々」を本気で実行しようとする奴であり、そしてまた、それを信じてノコノコ同じシーツを被るディーンがいるわけだ。
いつのまにか寄っていた眉間の皺をサムがつつく。
「何もしないよ?」
「わかってる」
言うとサムがまた笑う。
何がそんなに嬉しいんだか。
あやすように髪を撫でる手に眠気を誘われて目を閉じた。
呪いの作用は夫婦と思い込む部分だけなのに、いつものぷんすかサミーはどこにいったんだろう。もしかすると弟は配偶者を持つと劇的に穏やかになる性格だったんだろうか。
ムキムキの身体の中に、癇癪を溜め込んでいたりはしないんだろうか。
その疑問はほどなく解ける。
ボビーの家に転がり込んでいる最中に、下っ端悪魔がわらわら家の周りに寄ってきたのだ。
そして例によって悪魔らしく嫌な所をちくちく突いて来る。
「おやディーン、ちょっと見ない間に“女”らしくなったんじゃないか」
「“弟”を正気に戻してやろうか?」
「お前の昔なじみに伝えてやろうなあ。おや、それは嫌かい?」
あーうるせえうるせえ。
ディーンが黙々と塩のラインを補強していると、隣にいたサムがびきびきと額に青筋を浮かべて立ち上がり、ボビーの拡声器をつかみ出すと、大音量で外に向けて悪魔祓いのスペルを唱えだした。
ご近所迷惑だが効果覿面。家の周りで次々に黒い煙が立ち上る。
「なにすんのよ」
「話はこれからだぞ」
ぎゃーぎゃーと抗議する悪魔たちに、サムはそれこそ悪鬼のような形相で言い放つ。
「うるさい!!お前らがそうやってからかうから、ディーンがますます恥ずかしがるんだ!!」
「・・・・それは違うぞ」
とディーンは呟くが、再びサムが唱えだしたスペルに声はかき消される。
さらに2分後には拡声器で夫婦円満の邪魔に対する苦情を並べだしたサムを、結局ディーンがどついて止めることになったのだった。
おしまい
実にてきとーなおまけでございました。
連日激務な道を突き進んでおられる某様に「激務お見舞い」でもと思ったら出てきたのはこんなんでした・・・
[49回]