「あ」
「あ」
玄関を開けたところで同時に声が出た。
買い物に出ようかとしたトムの前に、風船や紙袋を両手一杯に抱えたクレイが立っている。
「すごいな。どうしたんだ」
トムが目を丸くして尋ねると、
「今日仕事先でね・・・」
とクレイが情け無さそうな顔で言う。聞けば仕事で行った先々でワラワラと人が寄ってきては押し付けられたらしい。
「よく持って帰れたな」
トムは笑った。紙袋はともかく、風船も5,6個はある。バイクで帰ってきたならすごい光景だっただろう。思わず通行人が見ているんじゃないかと通りを見回してしまう。
「ごめんね。風船だけでも会社に置いてきたかったんだけど、贈った人の気持ちを無にするのかって言われてさ」
その代わりに外回りのついでに少し早く帰れたらしい。
「そっか。お疲れさん」
得意先でもらったものならば、確かに置いて帰るわけにも行かないだろう。トムはぽんぽんとクレイの肩を叩いてねぎらうが、クレイは微妙な顔をしている。よほど消耗したらしい。風船は赤いハートのものやら、ピンク地にマーカーでメッセージが書いてあるものやらで、何と言うのかかなり気合が入っている。
「トムはどこか行くの?」
「ちょっと足りないものがあったから買ってくる」
「待って、一緒に行くよ」
もらい物をまとめて部屋に放り込んだクレイが少し慌てた声を上げる。
「大丈夫だ。すぐそこだし」
構わず車に向かうが、後からバタバタと足音がしてクレイが着替えもしないまま追いついてきた。
「?何か要るものがあるなら一緒に買って来るぞ」
今日は売買が上手く行って太っ腹な気分のトムは言うが、
「いいじゃん、荷物持つよ」
とクレイは助手席に乗り込んでくる。
「・・・タバスコだけなんだが」
トムは言いつつドアを閉めた。
・・・・・
定番のチョコレートにカード、キャンディ、小さなブーケ。
夕食後、クレイの部屋で放り込んだ紙袋の中身を確認する。
「すごいなクレイ」
去年のバレンタインは確かほとんどこんなものは持って帰っていなかったが、この1年でずいぶん周囲から好意をもたれるようになったと言うことかもしれない。
「・・なんか、仕事の顔なじみも増えてきたせいかな」
「持てる男は辛いな」
次にもらった先に行く時には手ぶらと言うわけにも行かないだろう。
トムがくすくす笑うと、クレイがまた情けない顔をする。
「ねえトム。こういうの全然気にならない?」
言われたトムはあっけに取られる。
「だってお前、女の子たちだろこれ」
「まあね」
「女性に妬いてどうするんだよ。そもそも俺はブーケもチョコも贈らない」
そりゃそうなんだけどさ、とブツブツ言っていたクレイが、「あ」と顔を上げた。
「トム、こっちは社内の連中とか男のお客さんからもらった分だ」
言いつつ小さめの紙袋を引き寄せる。
「なんで男にまでくれるのか分かんないけどね、隣の課で『感謝の気持ちを形にしよう』とかイベントっぽいのをしたらしいよ」
袋の中身もウェットティッシュだの、携帯の靴磨きだの、シンプルなハンカチだので大変に実用的なものばかりだ。こっちは使えそうなもんばっかりだなあ、とクレイが半ば感心して顔を上げると、トムはむっとした顔をして菓子の包装紙をいじっていた。
「トムも使う?ウェットティッシュ一杯あるよ」
「使わない」
視線を合わせず、そっけない声が返る。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・・妬いた?」
「うるさい!妬いてない!笑うな全然おかしくない!」
メッセージつきティッシュをクレイに投げつけて、トムは出て行ってしまう。クレイはごめんごめんとその後を追いかける。
結局その日はプレゼントの整理でもしてろというトムが部屋の扉を閉めてしまい、クレイは入れてもらうのに結構な時間がかかったそうな。
とかとか。
あれ?あれ?やっぱり色気はない・・・いやもう、今ですね、28日が終わりかけたので慌てて終わらせて投稿ボタンを押しましたよ。いつもながら書き逃げ御免で申し訳ない・・・
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