扉を開けると芋の山があった。
「トム!どうしたのこれ?」
帰宅したクレイは思わずダイニングの入り口で立ち止まった。テーブルの上にはジャガイモが文字通りピラミッド状に積まれている。
「あ。お帰り」
芋の山の後からトムが顔を出す。一心不乱に皮むきをしていたらしく、時計をみて「うわ」と驚いた声を出した。
「悪い、ちょっと待ってくれ」
「え、いや。大丈夫だよ」
何となく毎日トムが食事を作ってくれてはいるが、別段そういう取り決めではないのだ。慌てたでかい男が二人揃って手を伸ばした結果、ピラミッドがガラガラ崩れて床に散らばった。
「マーケットで安かったから少し多めに買ったんだ」
散らばった芋を拾い集めながらトムが言った。
そしたら帰りにたまたま店でやってたくじ引きでジャガイモの大箱が当たり、さらに最後に立ち寄った近所の食料品店で、もらいものだから持って行けと主人に押し付けられたのだという。
「え。いつものおばさん?」
スーツのまま、一緒にジャガイモを拾いながらクレイが訊く。
「いや。主人の方だ」
「へえ」
いつも無愛想かつがめつい主人にしては珍しい。
「最近、行くと何かしらくれるぞ。サービスのいい店だな」
「・・・へえ」
トムが客の立場とはいえそれなりに受け入れられているのはいいことだが、自分しかいなかったトムの世界に次第に周囲が入り始めているのは何となくおもしろくない。
「で、帰って調べたら結構芋だけで色々できるもんなのがわかって」
こんだけシチュー続きは嫌だろ?というトムの言葉にクレイは深く頷く。贅沢は言えないが、できれば連続は避けたい。
「フレンチフライでもいいんじゃない」
「油を物凄く食うんだよな・・・」
「なるほど」
油を食うから何がいけないのか分からないが、トムにとって問題なら止めていい。
これどうする?とテーブルの下でジャガイモを抱えてしゃがんだまま目顔で訊いたクレイに、同じくしゃがみこんだままのトムが頷いてテーブルの向こうからダンボール箱を押しやってくる。バラバラと中に入れるとそれでも結構な盛り上がりだ。
「とりあえず今夜はジャーマンポテトで、明日がスモークサーモンとポテトのキャセロールで、明後日がマッシュポテトのコロッケで、その次あたりにスペイン風オムレツにしてみる」
それだと結構味も違いそうだし。
そう言ってほら、と冷蔵庫にベタベタと貼られたレシピを指差すが、クレイには文字は読めても最早なんのことやら判別できない。知らない外国語を聞くような気分だ。
ふうん、と立ち上がってシンクの中に目をやって驚いた。ピラミッドには及ばないが、食器洗いボウルの中は剥いたジャガイモで溢れている。
「ねえトム!これ、今日全部食べるの??」
ジャーマンポテトがどんな料理か知らないが、何分の一かに縮まない限り食べきるのは不可能じゃないだろうか。
「いや、そうじゃないけど、悪くならないうちに皮を剥かないとまずいんじゃないのか」
「え?」
「え」
なにやら不可解な言葉を聞いた気がして戸惑う。
「ジャガイモだよ?」
「ジャガイモだろ」
「悪くなるの?」
「・・・・だと思うんだが。違ったか?」
違うような気がするのだが、悲しいかな料理をさっぱりしないで生きてきてしまったクレイは、今現在謎の言語のような料理レシピをベタベタと貼りまくるトムに正面切って聞かれると確信が持てない。
「えーっと、なんで皮を剥かないとまずいと思うの?」
「いや昔、家で見たんだが・・・」
聞けば、台所を覗いた時にジャガイモが山盛りになっていて、それを料理人がどんどこ全部剥いたのを覚えているらしい。
「トムの家だとさ・・・何人分?」
「家族は3人だった」
「会社の人たちが食事することとかは」
「あった・・・うるさいしあんまりそちらの部屋には行かなかったけどな」
多分トムが見たのは普段の食卓と言うよりももっと大人数のための準備だ。さすが炭鉱社長の家になると、色々部屋が広そうだし。クレイが社長邸宅構造に思いを巡らしている間に、今日は珍しくトムの方が結論に達した。パチリと瞬きをして言う。
「持つのか。剥かなくても」
「持つ・・・と思う。確かうちの台所にはずっと積んであった」
男子厨房に近づかず、のハニガー家と違って、手狭なミラー家では母や妹が立ち働く台所は毎日見ていた。
確か、放置したジャガイモはそのうち芽が出て伸びてしなびるが、一日や二日ではなかったはずだ。
「そっか」
トムは頷くとあっさり立ち上がる。盛大な勘違いを気にした様子もなくぽいぽいとジップの袋に大量の剥きジャガイモを入れるとフリッジに放り込んだ。
「じゃあ、俺一人で大丈夫だ」
早く剥かないとだめになるならお前にも手伝ってもらおうと思ってたけどな。
悪気なく言うトムの言葉に、ピラミッド攻略要員に組み入れられていたクレイは胸を撫で下ろした。
そしてその後丸々一週間、食卓にはジャガイモ尽くしが並び続け、8日目の朝、ついに辛くなってきたクレイが
「そろそろジャガイモ以外のもの食べない?」
と切り出したところ、トムは沈痛な顔で
「この間夜間取引で赤を出したんだ」
と告白した。それで食費削減計画実行中らしい。
「・・・トムはジャガイモ続きでも平気?」
「あそこで売らなかったことを思い出すと何でも平気だ」
「・・・そう」
「指値にしておけばよかったのに転寝してる間に一回上がったのが暴落した」
「ふうん・・・」
株の用語も今ひとつクレイにはよく分からない。
トムは言っても言っても、なかなかクレイの口座の金に手をつけようとしない。
ここのところはトムが使いやすいように小額を取り分けた口座を用意してカードを置いているのだが。
しかしながら赤字補填の使命感に燃えているトムを止めるのもなんだか気が引けて、クレイは今日はデリで何か肉っけのあるものを買って帰ることに決めたのだった。
とかとか。
・・・・殺伐の反動か、平和と言うよりすでにファミリーモノだぞこりゃ。
上げるのやめようかな。でも書いたしもったいないな。
せめてもうすこし色気を入れればよかったな
なんでジャガイモなんだろう←今更
[26回]