サムが怒っている。
「ごめんって・・・」
「・・・・・・」
返事もしないくらい怒っている。
しかも悲しんでいる。そりゃもう「悲しみ力」で地面に沈めるものなら地球の裏は無理でも、中心にかなり近づけるくらいに。
「なあ」
机に向かったまま動かないサムの横に立つ。
今度ばかりはディーンは分が悪い。
本来なら全然悪くないのだが、状況的には悪い。
二人が夫婦であると思い込むサムの呪いがまだ解けない最中に
しかも「そげなことできもうさん」と夜のあれこれを拒んでいる最中に、
ディーンはうっかりバーで知り合ったお姉さんと意気投合し、さらにうっかり日付が変わるまで(寝)過ごしてしまったのだ。
ディーンにも言い分はある。
だって、こんなに長く呪いが解けないなんて思わなかったし
俺だって健康な男だし
呪いの解けない弟を気遣いつつ狩りもしつつの日々ははっきり言ってストレス過剰だし、
男のストレス発散に、気のあった女の子と過ごす楽しい時間以上のものがあるかよ、等々。
しかしながら呪いのせいとはいえ当然のように「夫婦のなんとやら」を求めてくるサムを
「お前のことは愛してるけど、それはできないわっ 俺はだめなんだそういうの」
という感じの設定で拒んできたディーンとしては、設定のブレを自覚する分、立場が弱い。
しかも、「ほんとに愛してるのはお前だけだぜ」と寝技に持ち込めないのがさらに辛い。
どうする?
俺が夫だとして、相手が外に相手を作ってきた場合、しかも自分とは諸々拒んでいる場合、
なんと言ったら一番納得する・・・?
ディーンは考えた。あと10秒で解決しないと呪い殺されるトラップにはまった時のように真剣に考えた。
そして
「サム」
思いっきり、真剣な深刻な真面目な声で動かない旋毛に語りかける。
「俺が、こんななのは前からだろう・・・忘れたわけじゃないよな?」
テケトーな設定再び発動。
「だからこそ、お前とは、さんざん話し合ったじゃないか・・・」
言い切ってから息を詰めてサムの横顔を見つめる。
どーしよう、これで「耐え切れない、離婚だ」とか言われたら。
こいつのことだから真面目にすぐ役所から書類を取り寄せにかかりそうだ。
そもそも戸籍が夫婦じゃないことがわかったら呪い上悪い影響があるんじゃないかな。
当然、黙って行かせやしないけど、どう言って引き戻したらいいんだろう。
「俺が悪かった、これからはお前一筋」
とかは無理があるから絶対使えないし。
ぐるぐるしながら立ちすくんでいると、ふっと身体の脇で握り締めていた拳を、大きな手で包み込まれる。
「サム・・・?」
声が喉にみっともなく絡んだのは気のせいだ。
サムが真っ赤になった目にまだうっすらと涙を浮かべて、でもまっすぐにこちらを見つめる。
「・・わかってるよディーン」
ビバ、言い切り。
現実に即した設定がよかったのか、またも「夫婦のいきさつ」についての刷り込みは成功したらしい。
「だけど、やっぱり辛いよ」
ぐっさり。
これまたサムの素直な本音だからだろう。
ディーンにとっても結構なダメージのある反応だった。
「ごめんな・・・・」
俺は全然悪くないのに、という思いとは別に、サムを傷つけているという事実に関して、自然と口が動く。
思わず握られていない方の手を、目の前で俯く頭に伸ばしていた。
軽く髪をかきまわして、胸元に引き寄せる。
と、サムがこちらに向き直り、両腕を腰に回してきた。
強い力で抱き寄せられ、座ったサムの足の間に膝を乗り上げる格好になる。
密着した身体から、互いの鼓動が聞こえるような気がした。
「なんで・・・」
ディーンの首筋に顔を埋めながらサムがうめくように呟く。
「なんで僕じゃだめなんだ・・」
瞬間、なんでだろう?と思いかけ、ディーンは慌てて踏みとどまる。自分がぶれたら元も子もない。
「ごめん」
ただ、繰り返す。それしかできなかった。
この日以来、サムはディーンを抱き込みながら眠るようになった。
必然的にモーテルでも堂々と「ダブルを1室」と頼むようになった。
狩りの打ち合わせで会ったボビーに
「なんだ、まだ続いてたのか」
とまた呆れられ、
「踏ん切りがつかなくてな・・・」
とこぼしたら、
「まだ何か残ってるのか」
と感心され、ディーンはしばらく文字通りパクパクと金魚状態を晒すことになったのだった。
おしまい
追記 そのうちですね、「埋め合わせしてやる。あれ以外でして欲しいこと言ってみな」とかディーンが言って、
「ディーンの作ったホットケーキ食べたい」
とか
「ディーンの作ったオムレツ食べたい」
とか
「ディーンの作ったマフィン食べたい」
とか色々リクエストされるようになって、次にボビーが会うときには、ふんわり甘い匂いがするお兄ちゃんになってるといいよ。