狩は長丁場になっていた。
急がないでいい依頼だったが、話を聞いたディーンが「すぐにかかる」と立ち上がり、調査をしている最中に対象の魔物と思いがけず遭遇してしまった。その結果、なし崩しに狩に突入している。森の中で足跡を追い始めたのが朝で、今はもうすっかり日も暮れていた。
「ディーン、少し休もう」
茂みを掻き分けて先を歩く兄に、サムは声をかける。
ディーンはチラリとサムを振り返るが
「一気に行った方が早い」
と素っ気無く言って歩き続ける。
「でも」
「仕事中だ」
「今無理に追わなくてもいい相手だろう。しかもこんな日に」
「俺の誕生日か?」
「・・・・」
覚えていたのは不思議ではない。
だが、全く関心のなさそうな口調が神経にぴりぴりと障る。いい加減慣れても良さそうなものなのに、懲りずに勝手に傷つく自分が腹立たしい。
「今までも、そんなことで狩りを中断したことはないだろう」
表情の無い顔で告げられるのは、腹立たしいことに確かに事実だ。
昔からクリスマスや卒業式、誕生日といった日が狩りで潰されても、それを嫌がるのはサムだけだった。
それでも、あの頃のディーンは自分の気持ちを押し殺していたのだろうと今は思う。
何も感じていない「今の兄」とは明らかに違う。
足跡は小さな川で途切れ、しばらく2人は対岸に上がった跡を探したが見当たらなかった。
「戻ろう、ディーン」
無言で振り返る兄に繰り返す。
「次に出る場所の見当はついてるし、まだ奴の力が強い期間だ」
それは実際掛け値なしの事実で、だから本来まだ狩の実行予定期間ではなかった。
反論があればすぐさましてくる今のディーンが無言なのは、理屈に合った主張だから。それでもすぐに同意しないのは(今の彼は意地とか見得へのこだわりも無い)、一気に片付く可能性が捨てきれないからだろう。
だけどサムは嫌だった。
ディーン自身が望んでいようといまいと、兄の誕生日をこんな泥の中で汚れにまみれて終わらせたくなかった。
流れに目を向けていた兄の視線が戻ってくる。その視線から痕跡を追う緊張感が消えたことを見て取って、サムは少し低い足場にいたディーンに手を伸ばす。
ディーンはチラリと足場を見て、表情を変えないままサムの手を掴んだ。
「行こう」
引き上げた兄の手をそのままに、車に向かって戻りながら、サムはざっと時間の算段をする。
帰りがけにテイクアウトの食事と何か飲み物を買って、宿に帰ってシャワーを使って、なんとか今日の内に一息つけるだろう。
少し後を歩くディーンは、やはり何の表情も無い。狩りにも弟にも、揺らされる心は無い。
(それでもあんたの生まれた日だ)
掴んだままの手は、昔と同じ体温を伝えてきて、サムはこみ上げるものを堪えて歯を食いしばった。
END
最初に浮かびかけたのがこれだったんですが、体調の低下でお蔵入りするとこでしたー。最初の予定では、サムが「僕は気が乗らないからこんな僕を連れてると効率下がるぞ!」とかごねる予定だったんですが、書いてるうちに消えました。効果無さそうだったからかな。
来年兄誕ができるかわかんないし、出かけたもんは出しておこう。思ったよりは暗くない気がしますです。
[20回]
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