これはいいのか悪いのか。
誕生日が近づくにつれ、ディーンは気が重かった。
サムはまたここのところ「弟」のままで落ち着いているのだが、イベントとなればきっと「夫」が出てくるだろう。
サムの積み上げた書類の類をちょっと調べて、生演奏とダンスホールの貸切のできるレストランのサイトが印刷されているのを見つけてしまったときは、ちょっと本気で行方をくらませたくなったものだ。
だが、願いが天に珍しく通じたのかなんなのか、誕生日前日からディーンは数年に1回というくらい見事に体調を崩してベッドの中にいる。
頭も身体も痛いしだるいが、少なくともこっぱずかしいレストランで羞恥プレイは避けられた。
差し引きゼロだ。いや、プラスにしてやってもいい。
「なにか言った?」
無意識にブツブツ言っていたのだろうか、ベッドの脇に椅子を寄せて本を読んでいたサムがそっと声をかけてきた。イベントが潰れたにもかかわらず、やっぱり朝起きたら「夫」になっている。
「なんでもない・・」
声を意識して出そうとしたら酷く掠れて痛む。少し咳き込み、だるくなって目を再び閉じた。
「最近無茶な狩が多かったし、疲れが出たのかもしれないね」
サムの静かな声がして、髪をそっと梳かれる。
(んなわけねえだろ。またいらん花だの何だのが人前に出てきたら最悪だと思ってただけだ)
脳内で反論するが声は出ない。
「また一つ年取ったんだから、大事にしなきゃだめだよ」
(そういう台詞はあと30歳は上の相手に言え。ボビーとか)
「ディーン一人の身体じゃないんだからね」
(それは妊婦に言う台詞だ)
目を閉じていてもディーンが聞いていることがわかるのか、サムは話しかけるのをやめない。
やっぱり甘ったるい台詞を反論もできずにひたすら聞くのは、これまた苦悶の時間のはずなのだが、体調が悪いせいか特にストレスを感じない。
ただ、タオルらしいものでそっと顔と首筋の汗を拭かれたときには、さすがにないだろうと思って目を必死にこじ開けながら押しのけた。
が、
「汗を拭くだけだよ。大人しくして」
とか笑いながら、却ってシャツまで剥がれてしまった。腕力勝負になるとどうにも分が悪い。
「俺についてることねえぞ。飯とか食いに行けよ」
浮きつ沈みつする意識の中で、何度目をあけても同じ姿勢で座っているサムに言うが、何がおかしいのか笑ったサムは、
「馬鹿だね。具合が悪いんだから僕のこととか気にしてないで寝ておいで」
とかなんとか言いつつずれかけたシーツをかけなおしてきた。
だめだこりゃ。
腹が減らないのか疑問だが、もう放っておこう。
眠れそうな波が来たので、ディーンはこれ以上反論するのはやめて、本気で回復目指して眼を閉じた。
夜になると、大分復調してきたので、ディーンは用心しつつベッドの上で身体を起こす。
「何か飲む?」
やっぱり傍にいるサムが声をかけて来た。頷くと水のボトルが手渡される。
「ビールがいい」
「だーめ」
「ケチくせえぞお前」
口だけは文句を言いつつ、大人しく水を口に含む。座った姿勢を保つのが難しく、ふらつくと即座にサムが支えた。便利は便利だ。
「誕生日なのに残念だったね」
頭の上から声がするのに笑う。
「・・・こっぱずかしい店に引っ張っていかれるよりましだ」
やっぱりだるくて目を閉じると、もたれた身体も笑ったのがわかった。
「なんだよ」
「心配しなくても行かないよ。今年は部屋用に色々用意してたから」
ほら、という声に目をテーブルに向けると、モーテルの大きくも無いテーブルに、でかいパイの箱やらウィスキーのビンやらが並んでいるのが目に入る。
「料理はフリッジに入れてるから、明日良くなったら食べようね」
「・・・今食う」
これはしくじった。あそこに見えるのは絶対にチェリーパイだ。頭痛よ去れ。用は終わった。だがサムの腕が立とうとするのを阻む。
「だめだってば。今食べたらそれこそ吐いちゃうよ」
「俺がパイを吐くわけないだろう」
ベッドの上でしばらくもめたが、結局パイには行き着けず、サムに毛布ごと抱え込まれつつアイスだけ少し食べた。冷たく甘い感触が喉を流れて行くのが気持ちいい。
「妙なレストラン調べてるから、ひやひやしたぞ俺は」
何だか妙に気が抜けて、言わなくてもいいことを言ってしまうが、夫状態のサムは穏やかに笑う。
「飾りつけの参考にしようと思ったんだけど、ちょっと無理だったね」
「そりゃお前、このモーテルであれは無理だろうよ」
「うん、途中で僕も気づいた」
何となく同時に笑う。
「・・・ディーンの誕生日に、ディーンの嫌がることはしないよ」
少し間が開いた後、柔らかいがきっぱりした声でサムが言った。
「そっか」
「それは僕の誕生日にする」
「・・・・俺はその時には海外に高飛びする」
「こら」
「終わったら帰ってくるから心配すんな」
「行かせないよ」
言いながら、少しディーンを抱える腕に力が入った。
「じゃあ、変な店諦めろよ」
「えー」
うつらうつらしつつ、小さく笑いながらどうでもいい会話のこそばゆい感触を楽しむ。
「・・早く良くなって、ディーン」
「大丈夫だ。明日には治る」
「うん、だといいね」
その後も何か話したような気もするが、もうお休み、と声がして、横にされた辺りの記憶は飛び飛びだ。
(お前、狩引退したら保父になれ)
そう最後に言ってやったはずなのだが、果たして声は出ていただろうか。
そして見事に翌朝、ディーンの免疫力は復活してまったくいつも通りの目覚めを迎えたのだが、冷静に昨夜の自分の言動を思い返すと、なかなかに突っ込みどころ満載でディーンは深く静かに滅入りこんだ。
それでもまあ、まだ夫状態だったサムと念願のパイをホールで平らげ観損ねた映画をサムがパソコンにダウンロードしたりして、それなりに楽しい誕生日翌日を過ごしたのだったとさ。
ああ、悔しい。間に合わなかったけど、メリケンはまだ24日だ!!
再びおめでとーーーーーー!見直す暇もないぞ。
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