クリスマスが来る。
しけた町の中にはしけたツリーや安っぽい音楽が溢れている。
神もいなければ神の子だっていやしない。神を父と呼ぶ天使はいるが、どいつもこいつもくそったれだ。ディーンが唯一この目で見たのは、サンタのような袋に人を詰め込んで食う、異教の神くらいだ。
「夕食はどうする?」
隣を歩くサムが訊いた。少しばかりよろけても肩がぶつからない程度、そちらを見なければ視界にそれほど入らない程度の距離を保っている。
まるきり離れているわけでもなく、以前ほど近いわけでもない。
魂を失くしたままのサムと、ディーンが日々の中でとるようになった距離だ。
「適当に買えばいいだろ」
そう言って手近な店を覗くが、どうということもない総菜屋が長蛇の列で、うんざりして踵を返した。
「そのへんで食うか」
「いいけど」
同じ待たされるなら少なくとも寒くないところで、すぐ食えた方がいい。目に入った店に適当に入り、適当なものを口に入れ、外に出る。
「俺はモーテルに帰る」
店を出たところでディーンはサムの方を振り返って告げる。サムは軽く頷き、
「僕は少し飲んで帰る」
と言った。ディーンもそれに対して頷き、背を向ける。
また1年が過ぎてしまった。
ディーンはまだサムの魂を戻す手段を見つけられずにいる。
魂を取り戻す方法を探すことは諦めてはない。
だが、終末が回避され魔王が封印されてしまえば、用済みの人間の前に天の使徒も悪魔もそうそう姿を現さない。クラウリーが滅びた後、魔王の檻からサムの魂を取り返してやろうという輩とは出会っていなかった。
自分を責め、魂のない状態のサムを責め、だが日々が重なる中で責めることに疲れてきた。魂以外の「サムの残り」と過ごす時間について、空しいエネルギーを使う気が失せてきたとも言える。
怒ったり苛立ったりするのにもエネルギーが必要なのだ。
ディーンはいつしかサムに対するものの言い方が短く、用件のみになってきた。もとのサムならばさぞかしぎゃあぎゃあ文句を言ったりするだろうが、今のサムは全く構わないらしい。むしろ伝わりやすくなった。
いつだったか、ディーンが止めるのを聞かずにサムがとある霊に憑依された人間を刺そうとした時、ディーンは黙ってサムを撃った。もちろん掠らせた程度だったが。
「何をする」
と睨みつけてくるサムに、
「俺は止めろと言った」
と返すと、渋々といった様子ではあったがそれ以上の抗議はなかった。その後サムから蒸し返されることもなかった。むしろディーンが本気で止めた際には、比較的止まることが増えた。
ただしサムもディーンに対して口で止まらない時は同じようなやり方を取るようになったので、意見が対立した時には自然に背後に注意するようになった。
ディーンは最近はもうサムに干渉しない。四六時中見張るのには限界があったし、サムも以前ほど非常識かつ非人間的なことはしなくなった。
中身が変わったわけではなく、トラブルになる類の行動の判別がつくようになり、他の人間と支障なくやりとりする選択肢のレパートリーを増やしたという方が近いだろう。
日々は空しく、食べるものは味気なく、酒を飲んでも何かが紛れるわけでもない。
だが皮肉なことに、ディーンがそうして全てがどうでもよい状態になってからの方が、サムとの関係はある意味円滑だ。
モーテルに帰り、簡単に手を洗うとベッドの上で武器の手入れをする。銃もナイフも昨日手入れしたばかりで使っていないのは分かっていたが、他にすることもなかった。
さっさと手入れを終えてしまい、仕方なくテレビをつける。フリッジに酒がないのは帰った時に確認済みだ。
しばらくニュースを見ていると、夜中近くなってサムが戻ってきた。鍵は持っていないはずだが、当たり前のように外して入ってくる。ディーンももういちいち目くじらを立てはしない。
「戻った」
「ああ」
チラリと視線を交わし、またテレビに意識を戻す。と、サムが通り過ぎざま
「ほら」
と酒瓶を渡してきた。
「・・・なんだ」
買って来いと頼んだ覚えはない。
「クリスマスだろ」
言われて怪訝な顔をしたのがわかる。めっきり疎ましいやりとりもなくなっていたのに、今さら去年のようにツリーだターキーだ言い出すとも思えない。
「あげるよ」
「俺は何もないぞ」
全く欠片も考えなかった。気にすらしなかった。それはもう一片も。お前から欲しいものも、お前にわざわざやるものも何一つない。が、そこでサムは薄っすらと笑った。酷く久しぶりに。
「いいよ。欲しいものはもうもらったし」
「・・・・?」
思い当たることがないディーンに、サムは「別に兄貴は知らなくていいよ」と言ってバスルームに入っていった。
わけが分からないまま、半ば機械的にグラスに酒を注ぎ、口に運ぶ。
ふと、去年のクリスマスを思い出した。
『サンタがお前の魂を持って来ればいいのに』
と自分は言った。
『じゃあ、僕には今のままの僕でいいと言ってくれる兄貴をくれ』
とサムは言った。
二拍ほどおいて息が詰まるような衝撃がやってきた。
ちがう。
認めたわけじゃない。
サムを諦めたわけじゃない。
お前を受け入れたわけじゃない。
ただ、甲斐もない苛立ちをぶつけ続けるのに疲れただけだ。
だがもう、それを言ったところで何も変わりはしないだろう。
喉に痛いだけの安酒を流し込み、シーツをかぶる。
クリスマスなんぞ早く過ぎればいい。
眠りはやってきそうもなかった。
END
はい。というわけで、なんかマイブームの疲れた兄貴とロボサムを合わせると、意外にトラブルなく日々が過ごせてしまうらしいことが分かりました。幸せじゃないけどね!なんでわざわざそんなもん書くんだといわれそうですが、本日の一発書きクリスマスネタ・・・と思って出てきたのはこれでした。
[19回]