「よせっての」
肩に回した手を強く手を振り払われて、サムは思わずムッとした。
夜の街だ。サムが提案したレストランでの食事をディーンが嫌がったので、2人は自宅から少し離れた繁華街に来ている。
「なんで」
「この辺職場の奴が多いんだって言っただろうが。この前も見られてんだぞ」
「いいだろ別に」
口を尖らすが、
「良くねえよ」
ディーンはむっつり即答する。
珍しく一緒にでかけた週末の夜だが、最近のギクシャクした雰囲気は消えず、サムはピリピリしていた。2人の関係をオープンにしたがるサムと違って、ディーンは他人に2人の関係を知られるのを嫌がる。
「だってこの辺りの店にしたいって言ったのディーンじゃないか」
「店はいいんだ。くっつくなっての」
「ちぇ」
サムは顔をしかめた。
確かに前は外で肩を抱こうとしたりはしなかったとは思う。
だけど一緒にいられる時間が短いからできるだけ、そう思う自分がおかしいのだろうか。
週末に休めること自体が久しぶりだった。
前日にほぼ徹夜で仕事を片付けて、たまの休日を一緒に過ごそうと予定を色々と考えていたのに、ちょっと仮眠を取るつもりが目が覚めると昼もすっかり回っていた。
がっかりしたあまり、リビングでテレビを観ていたディーンがニヤニヤと振り返り、
「よう、ごゆっくりだなサミーちゃん」
と声をかけてきたのに、
「なんで起こしてくれないんだよ!」
とうっかり怒鳴ってしまった。当然ながらディーンは、
「知るかよ」
と呆れた目をしてテレビの方を向いてしまい、サムは内心頭を抱えた。
何をやってるんだ僕は。
そもそも、今日の予定だってサムの頭の中にあっただけで、ディーンに伝えていなかったのだから放って置かれて当然だ。幸いにもディーンがサムの理不尽な癇癪を(相変わらず寝起きがわりいな)という程度に流してくれたので、気を取り直して出かけた夜だったのだが。
放っておいてごめん。
いらいらしてばっかりでごめん。
前は何も悩まなかったことなのに、ひっかかりだすといっそおかしいほどにあれもこれも上手くいかない。素直に謝ることすらできやしない。
「そういえば席、取れた?」
「ああ」
ごまかすように話題を変えるが、ディーンはさっきのやり取りはもう忘れたように普通に返事をしてくれた。
「わざわざリザーブなんかしなくても、何軒か回りゃどっか空いてるけどな」
肩をすくめるその仕草に、そういえば昔はディーンと食事に出掛けても予約なんてものは滅多にしなかったことを思い出した。
ブラブラと歩きつつ店の中の様子や今日のメニューを物色したり、新しい店を見つけては試してみたり。もちろん大ハズレの時もあったが、それはそれで楽しかった。
今は時間が惜しい。無駄を省きたい。ついそんな思考が先に立つ。
「・・・まあね」
ずいぶんと間の開いた返事に、ディーンが少し眉を上げた。
・ ・ ・ ・
今のアパートメントでの同居を始めるときの取り決めでは、家賃はほぼサムが、生活費は折半で、というのが約束だった。だがふと気づくと、生活の中でサムがチョイスし、負担するものが増えてきている。
『ごめん、ディーン。僕が買うからこのメーカーの使わせて』
確か最初はそんな風だった。安いシャンプーを使っていると、クライエントへの印象が悪いとか何とか。ボトルで買うシャンプーやボディーソープ、さらには石鹸類。
「各々で買えばいいんじゃねえの?」
とは言ってみたのだが、
「寝起きとかに間違えそうだからやだ」
と主張された。各々の部屋にバスルームはあったが、どちらかの部屋で過ごすことはしょっちゅうなのでサムの意見もわからないではなかったし、ディーンはメーカーなど何でもいいので何も考えずに使っていた。だがそれ以来同僚や客から
「えらく気取った匂いがするな」
だの、
「いいものを使ってるのね」
などと言わることが増えた。
なるほど他人のソープの匂いを気にする類の人間と言うのは存在するのだ。
そしてどうやら自分のような職種の人間が使うのは違和感を覚えるような品らしい。そんなこともなんとなく気づかされた。
サムは相変わらず帰りの遅い日が続いていて、ディーンが起きている時間に帰ることはめったにない。そして休日はと言えば、睡眠不足を補うかのように、半日寝ていることが多かった。たまに出かけると言えば、仕事がらみのパーティーや音楽会だ。ご苦労なことだが、自分が好きでやってる仕事だから仕方ない。
しかしディーンを一緒に連れ出そうとするのには閉口する。行った先で、周囲が自分を見る目にも。
そんなときは服も靴もサムがいつの間にか用意してくる。要らないと言っても、前のと同じでいいと言っても聞きやしない。
サムに連れられ、サムの選んだ服を着て、香りすらいつの間にかサムのものだ。
そして帰れない時間と比例するように、サムがディーンに渡そうとするものが増えて行く。
「なんだよこれ」
週末だというのに仕事があると出かけたサムが、帰ってくると妙にいそいそと包みをテーブルに出した。
「コート。カシミアだから軽くてあったかいよ。クライアントにこの店勧められてさ」
「へー」
素材のことなどさっぱりわからないが、ちょっと広げられた黒くて長いコートが、きっとサムに良く似合うだろうことは想像がついた。いかにもやり手の弁護士、といったイメージアップに役立つだろう。既製品ではなくオーダーメイドなのだろう。だが、
「ディーンのも一緒に作ってきたんだ」
と別の包みを差し出されて戸惑う。
「へ?いらねえよ」
「なんで」
途端にサムがムッとした顔になった。
「そんなお上品なコート、着ていく場所なんかねえし」
「一緒に出かける時に着ればいいだろ。使ってよ」
「いらねえって言ってんだろうが」
そんなコートを着ていないと入れない店にはそもそも興味も無い。無理に高級レストランに行った所で正直味もわからない。
自分の持っている服で出入りできないようなところには行かなければいいのだ。
それに、サムが寄越した服を着て出かけるときの、サムがディーンを見つめる目も、いつも心にささくれを残した。
奇妙に満足そうなその様子に。
「そんな言い方ないだろ、人がせっかく」
「俺が頼んだか?」
吐き捨てるような声が出てしまい、サムがつまる。
「でも、いっしょにいられる時間が短いからせめてもって」
「俺がそんなもん頼んだか?俺はお前のなんだ?囲われ者かよ」
「ちが」
テーブルを挟んで睨みあいながら、頭の片隅でディーンは考えていた。
ひどいことを言っている。
サムは悪くない。
深夜に近い時間、疲れて帰ってきた家で土産を買ってきた相手に怒鳴られるんじゃ、サムもやっていられまい。
「お前から何かもらいたいなんざ、思ったこともねえよ」
ただ、好きなだけだ。
傍にいたいと思っただけだ。
サムが忙しいならそうしていればいい。選んだ道に必要なことなのだから。ディーンにもディーンの生活がある。そして生活が違っても、お互い会える時間を心待ちにすればいい。
無理に合わせて暮らそうと思うからこんなにも苛立つのだろうか。
「ちょっと頭冷やしてくる」
ディーンはそう言うと、上着をつかんで立ち上がった。
続く
あー、やっとのことで年上の彼が出て行きました。なんで手間取ったかと言うと、ソサイエティの違いをどーすりゃいいもんだかわかんなかったんですよね。なんかもう、もっと格差を感じさせるエピソードは無いものか・・・くう。もっとギスギスさせる予定だったのに温いぜ。そしてギスギスしてるのに両想いは揺るぎもしないんですぜ。互いに片恋(自称)。Hさま、今度ちょっとまた相談させてください・・・
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