目が覚めたら何だかキラキラした物体が隣に寝ている。
「・・・」
サムは数秒間ソレを見つめ、次に「うわあ」と言って跳ね起きた。
兄のディーンが、なぜか知らないが若返っている。
こういう事態そのものは珍しくない。死神代行になったり老人になったり大天使の器と言われたり悪魔のリーダーになれと言われたり、超常現象なんでもござれだ。
しかし今回は別の意味でびっくり仰天だ。なんだこのキラキラした物体は。
しばらく観察してみたところ、多分ディーンの今の姿は20歳を少し過ぎた頃だ。無精髭もなく、肌は滑らかで白い。
そういえば兄の無精髭は、再会してからのものだったと思い出す。そしてなんというのか、全体的に一回り細い。
ちなみに大きすぎる目と長すぎる睫毛は変わらない。
慣れるって恐ろしい。確かに見覚えのある姿なのだが、サムはこの頃兄のことをもちろん顔がいいとは思っていたが、いちいち気にしていなかった。
それよりもだらしない生活やサムをからかったり構ったりすることに腹をたてる方が多かった気がする。
口癖は、
「ああ、確かに兄貴の顔はいいさ。でもだから何だっていうんだ?」
だった。それだけ兄の容姿を口にする相手が多かったということだろう。正直なところあの頃のサムはそういった相手を、皮一枚のことをあれこれ言う奴等と馬鹿にしていた。
悪うございました。
サムは胸中で昔馬鹿にした人々に謝る。久しぶりに見る10年ほど前の兄の顔は、意味も無く「なんだこれは」とウロウロ部屋の中を歩き回りたくなる破壊力だ。
と、ぱちりとディーンが目を開く。
「えーと・・・」
サムを見つめて目を少し見開き、部屋の中を見回す。と、へらりと笑った。
「悪い、名前なんていったっけ?」
「・・・・・」
「泊めてもらった・・のかな」
悪気の無い顔で頭をかきつつ、ディーンがそっと寝具やサムの様子、自分の身体の具合をチェックしているのが見て取れた。
サムはビキビキと自分の額に青筋が立っていくのを自覚する。
記憶が無いのはわかった。サムが弟であると分からないのも了解した。しかしながら、このいかにも「あれ、俺昨日こいつとナンカしたんだっけ?」という顔はナニゴトだ。
「・・・あんたが女にだらしないのは知ってるけど、男とまでまさか遊んでたの?」
我ながらどすの利いた声が出てしまうが、途端にディーンの表情が変わった。
「・・・・・・・・・・サム?」
・ ・ ・ ・
しばしすったもんだした後、サムはようようディーンに状況を納得させることに成功した。
「ほんとにサミー?」
「うん、そうだよ」
「でっかくなったなあ・・・なんだその筋肉」
しみじみと見上げてくる視線に思わず笑ってしまう。
「よく言われる」
そしてふと、ディーンがほころぶように笑った。
「でも良かった」
「何が?」
「お前、ハンターなんだろ」
「うん」
「良かった。お前が出ていかなくて」
「・・・・・」
サムは咄嗟に言葉が出ない。
「大学に行きたいって言ってたから、もしかして、って思ってたんだ」
ほっとしたように笑う顔に、『いえ行きました4年がっつり。電話にも出ませんでした』とは言えない。
「親父は?」
「いない」
「マムの仇は討てたか?」
「うん」
「そっか・・・」
父のことも言えない。時間軸どうこうよりも、とにかくサムにはとても言えなかった。しかしながら、このまま2人で話していると、いずれバレそうな気がする。
困った時にはボビーおじさん。
そんなときばかり転がり込まれてボビーも毎回迷惑だろうが、困ったサムは人の事情にあまり頓着しない。電話で簡単に事情を伝え、若いディーンを連れて行くとボビーもさすがに久々に見るキラキラぶりに目を丸くした。
「こりゃ驚いたな・・」
「よう、ボビー」
髪やヒゲに白いものが増えたものの、サムほど変わらないボビーの顔を見てディーンも少し安心した様子を見せる。
折りよくというか悪くというか、例によってボビーの家にはエレンとジョーも来ていた。
サムがボビーの事情なんか聞かずに押しかけたのだから仕方が無い。そしてエレンたちは昔のディーンは知らないので懐かしさを感じることも少ないようで、サム以上に順応が早かった。
若返ったディーンはジョーと年が近くなったこともあり、ごく普通に粉をかけたりしているのだが、ジョーは逆に若くなった兄にはときめくというよりは突っ込み心を刺激されるらしく、軽口を叩くのをビシッと咎めたり叱ったりしている。
「おーこわ」
ディーンが肩をすくめ、思わずサムは笑った。
「いつものディーンは大人だわ。こんなにアホみたいに軽かったなんて」
ジョーは肩をすくめてブツブツ言う。
そしてやがて会話の端々から、ダッドは死んだらしい、と気づくと目を潤ませるが、
「・・・ま、それでも最後まで家族三人一緒にいられたんならな」
と、必死な感じに笑う。
ああ!! ほんとに直前まで喧嘩してましたとか、大学に行ったっきりほとんど会ってませんでしたとか、戦い終わったら家族でまた一緒に暮らしたいってあんたが言ったのを僕は速攻で拒否しましたとか、言うに言えないことの数々。
だってあの頃の自分にはこのウルウルしてさっきからヨロヨロしそうなこの兄貴が、何を言ってもしても動じない鉄の男のように思えていたのだから。
見慣れるって本当に恐ろしい。
そんなこんなしているとやっぱり元凶は例の天使。
「今度はなんの必要があってこんな真似をしたのさ」
サムがプリプリしながら(あまりにも色々後ろ暗くて辛くなってきた)問いただすと、
「昨日ディーンが『10年前の俺だったら、天使の器ってもまあ納得だけどなーっ』『だが写真はねーんだよ惜しかったなーっ』と言った」
「・・・・・で?」
「『お前も天使の端くれなら、若返らせて周囲の連中に聞いてみろ!』と言った」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
四対の冷たい視線がキラキラした物体に向く。冷たく見やっても確かに現実問題としてありえんほどキラキラピカピカつやつやしているので、誰一人として否定語が口に出来ない。
十中八九、昨夜ディーンは酔っていたのだろう。普通は妙に真に受ける天使がいないので、ただの与太話として一晩寝れば終わる。
ディーンは悪びれずに視線は受け止めるものの、
「天使ってなんだよ?それホントに俺か?」
と口を歪めた。
「もう見たんだから戻しなよ」
とサムも口を添える。
今、この若いディーンを傷つけるつもりがなくても、今まであったことを知っていけば正直傷ついてショックを受けることだらけだ。早くもとの丈夫でふてぶてしい兄貴に戻って欲しい。
が、天使は少し顔を傾けつつ沈黙する。
「・・・・」
まさか、これはいつもの。
「すまん。力を使いすぎた。今はできない」
「またかよこの馬鹿天使!!」
サムがキレるとほぼ同時に天使も消えた。
部屋の中にはめっきり疲れを感じた4人と、
「天使ってなんのモンスターのことだよ」
とサムの袖を引っ張るディーンが残されたのだった。
とかとか
いやー、ありがちネタは楽しい。
起きたときにディーンがサムを客と間違えちゃうとか、客といっても枕詐欺相手とか、そーゆーのも入れたいなあと思ったんですが、めんどくなって飛ばしました。
アレックホントにキラキラだよ・・・