驚いた。
いい加減天国も地獄も行き来して、死神さえも見慣れたが、これは本当に驚いた。
「ベントンってすごいな・・・」
「ああ・・・すげえなベントン」
「驚いたなあ」
「正直言って物凄く驚いた」
兄弟がソファに座り込んでさっきから何をベントン医師を褒め称えているかと言うと、健康診断なのだ。
ひっそり庭弄りをしながら暮していた兄弟(うち一人ゾンビ)だが、地域に新型インフルエンザが流行りだしたかなんだかで、付近の住民に一斉健康診断命令が出た。
正直言って異常な結果をどうごまかそう、どう逃げようと考えながら移動検査車に連れ込まれた兄弟だったのだが、
驚けおののけ、ゾンビな兄貴は所見おおありながら健診をクリアーしてしまった。
チェックされたのは数箇所。備考欄には
「心臓の動きが悪いので極度な低体温 肺活量低 日常生活に配慮が必要」
「・・・・・すげえな」
「うん、すごいね」
いかにインフルエンザチェックがメインとはいえ、健康診断をクリアするゾンビ。
ちょっと埋めちゃったベントンを掘り返して報告してやりたいくらいだ。
あんたはすごい!
しかし報告した後、また何とかして埋めないといけないのでやめておこう、と頷きあう。
「すっかりご近所にも認知されちゃったし」
古い家を買い取って、周囲と交わらずに暮していた2人だったのだが、なにせ地域住民洗いざらい(路上で寝てるおじさんまで)強制的に健診を受けさせられたので、否応無くご近所と顔を合わせることになった。
『いつの間にか住み着いた得体の知れない輩』から、
『ものすごく不健康な兄と、その面倒を看るでかい弟』に周囲の認識は書き換えられた。
おかげであれ以来近所のおばちゃん達からの「何か困ったことがあったら言ってらっしゃいね」の申し出が引きも切らない。
心に傷を負った2人の第二の人生だったなら、これをきっかけにご近所との交流を深めてヒューマンドラマを紡いでしまうところなのだが、実体はゾンビなので、なかなか理解を深め合うというわけにも行かない。
バンパイアやウェンディゴのパーツを持って帰ってディーンのメンテナンスしている所に晩御飯の招待なんかに来られた日には大変だ。
「行こっか」
「ああ」
荷物を持って立ち上がる。
健診直後に消えると却って印象に残りそうでしばらく留まっていたが、そろそろ近所の関心も薄れてきたタイミングで家を引き払うことにしたのだ。
「お前は残ってもいいのに」
この小さな家は各種セキュリティもばっちりだ。なにせここ数年コツコツと心血を注いで(暇つぶしともいう)対悪魔・対魔物の防御を施してきたので正直勿体無い。
ちょっと笑って振り向くディーンを睨む。
「病弱な兄を捨てた冷血男として?」
言うとディーンは肩をすくめる。
「俺は空気のいいところに療養でも行くから、時々会いに来ればいいだろ」
病弱設定がツボに入ったらしいディーンがこだわって続けるのを口を塞いで止める。
「・・・なにすんだ」
「ごめん。浮かれた」
日はまだ高くて、ディーンの体が冷える時間ではない。しかも体温を分けるにはハグするほうが全体がくっつくから早い。
「なんの真似だよ」
「やだなあ、わざわざ聞かないでよ」
もう一度近づいてくる顔を手のひらで押しのける。
「よせって」
「いいじゃん」
もめながらインパラに乗り込む。
「いつか、僕も同じになるからね」
ハンドルを握りながら告げると、ディーンがギョッとした顔で振り向いた。
「バカ言うな」
「だって、ディーンが人のあの世に行かないなら、死んだ後離れ離れになるじゃないか」
「天国にはきっとマムやダッドがいるだろうが」
「僕、あんまり天国に行ける気もしないんだよね・・・」
地獄に落とされるのもひどいとは思うんだけどさ
まんざら冗談でもなさそうにブツブツ続けるサムの頭を叩く。
「ふざけんな。大人しく天国行って、ゾンビのあの世に行った俺を人間側に救出するくらいの根性みせろ」
人間でなくなって以来、基本的に文句を言わなくなったディーンがサムに悪態をつくのも、叩くのもなんだか久しぶりだ。叩かれたサムも笑っている。
やっぱすごいぞベントン。
状況が変わったわけではない。
だけど影さえも隠して過ごさなくてはならないと思っていたのが、例えほんの一部でもすり抜けられると分かった。
少しだけ少し昔の兄弟に戻ったような気分を味わいつつ、サムはインパラのアクセルを踏み込んだ。
おわり
今までで一番明るいゾンビだと思うな!・・・ね?←誰にきいとる