困った。
ディーンは頭を抱えていた。
日々は過ぎるが、弟は相変わらず思い出したように「夫」に変貌するのが治らない。
最近はディーンもだんだん夫と弟の区別がつかなくなってきて(その意味はあまり深く考えない)、引っ付いてきたら夫、ぷんすかしてたら弟、どちらでも顔の筋肉は動かさない、といったずぼらな対応を続けていた。エレン言うところの
「どっちでも同じにしてりゃいいでしょ!」
に従っている形になっているのは面白くないが。
サムの満足についてはもうあまり考えないことにした。キリが無いのはあの解呪キャンペーン中に身に染みてしまった。夕陽の海に向かって「愛してるよー!」と叫ばれた悪夢は、多分一生忘れないだろう。
とりあえずサムが引っ付いてもほっとけばいいのだ。
・・・と思っていたのだが、そうは問屋がおろさない。ほっときすぎたのか、気がつくとサムがここしばらく「夫」のままで戻っていないのだ。
キッチン付きのモーテルで、今二人は簡単な夕食をつくっていた。
意識しだすと、隣でレタスをちぎっているサムは夫モードの割には表情が硬い。
見上げる視線に気づいたのか、サムがチラリとディーンの方を向いた。目が合うと切れ長の目が微かに笑い、顔が近づいて、こめかみに唇を触れさせてくる。ディーンはなぜかホッとし、次の瞬間ホッとした自分に盛大に突っ込んだ。触れてくるキスは穏やかで、いつもと変わらないと思う。だが、普段ならしたいようにさせるといつの間にか弟に戻っているというのに、今回はそうならない。ならば、対処を変える必要があると言うことだ。
「どうしたの?」
「お前、なに仏頂面してんだ」
さて、どう切り出すかと思ったはずなのに、サムに尋ねられた瞬間、口が勝手にフライングした。
うお、しまった
と思いつつ、夫モードのサムなら別にまずいことにもならないだろうという予測もある(高をくくるとも言う)。そして予測通り、サムは怒らず、むしろ目元をくしゃりとして笑った。
「この頃ディーンがそっけないからさ」
・・・そーかよ
手も足も口も出さなかったが、そっぽ向いて反応しなかったのが物足りなかったらしい。
「今日はこっちを向いてくれて良かった」
わざわざ手を拭いてこっちに向き直ってくるので、へいへいと思いつつソースを混ぜていた鍋から手を離す。でかい図体がなついてくるのにしょうがねえなあと腕を回した。背中と腰を抱き寄せる強い力。ハグの体勢になってみると、なるほど久々の感覚だと実感する。
火を使っている横でぎゅうぎゅうと抱き締められるのだからかなり暑苦しい。が、嫌ではない。
そこが俺の問題点なんだと思いつつ、ディーンはサムの頬の感触に目を閉じる。
弟とのスキンシップが気持ちがいいのはいつものこと。それに突っ込む思考は既に単なる言い訳だと自分でも思う。
「良かった」
顔のあちこちにキスをしながらサムが言った。
「・・・なにが」
髪を撫でる指に、何となく眠気を感じながらディーンが呟く。
「今夜、怒られてもベッドに行こうと思ってた」
「はああ?!」
一気に目が醒めた。思わず腕を突っ張って離れる。が、ぶっとい腕に留められた。
「こっちを向いてくれないから」
穏やかな顔のままそんなに煮詰まってたのか。危なかった。実に危なかった。
なにせ、サムのベッドからディーンのベッドなぞ二分の一歩だ。
「来んなよ」
「なんでいけないのか本当に分からない」
「とにかく、あの休暇中のことは忘れろっての」
密着しながらの言い争いはなんとも迫力に欠ける。
「なんで? 何度考えても分からないよ」
なぜなぜ攻撃は小さい頃からサミーの十八番だ。
「外では言わない。最後までもしない。僕は約束を守ってる」
「・・そうだな」
「なら、それ以外はディーンも譲って欲しい」
「・・・ものによる」
きっぱり厳しく言い渡したつもりだったのだが、サムはさっきの硬い表情はどこへやら、満面の笑みを浮かべている。
頬や髪を撫でる手は、叩き落としても懲りない。
睨みつけているというのに、サムの目に映っている顔はなんとも迫力がない。
「何もしないから一緒に寝よう?」
抱きしめる腕は分かりやすく、『うんと言うまで放さない』と言っている。
アラーム、アラーム、警戒警報発令。
夜を待たずになにやら不穏になりだした雰囲気を救ったのは、鍋で焦げ始めたパスタソースだった。
そして翌朝。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
サムはベッドの中で悩んでいた。
兄の頭が胸元にあり、自分の腕がその身体をしっかりと抱き込んでいる。
「・・・・・・・・」
もしかして、久しぶりにまたやったのだろうか、幼児返りで兄のベッドにもぐりこむ失態を。
しかしながら今日の体勢は、どうみても兄にしがみつくというよりも、兄を抱きしめている格好だ。これは新手の幼児返りをやらかしたのだろうか。
小さな声を上げてディーンが身じろぎする。
とっさに腕を緩めるが、兄は目覚めず、もう一度サムの胸元に頭を落とした。
静かな寝息が聞こえる。
「・・・・・」
逡巡のすえ、サムはそのままの体勢でもう一度目を閉じてみた。
子どものように兄にしがみついて目覚めるのは即座にやめたい恥ずかしさだが、この格好なら別に構わない気もする。兄の長身をすっぽり抱きこめるほど、自分の手足が大きいのも気分がいい。短く刈り込んだダークブロンドからはシャンプーの匂いがして、それもなんだかサムをひどく満足させた。
そうしてスキンシップに弱い兄と、抱き枕(重いが)つきの二度寝を敢行した弟は共に盛大に寝過ごし、数時間後モーテルのオヤジのうるさいノックで飛び起きることになるのだった。
意味のないままおわり
はい。昨日思いつかないとか言ってスミマセンでした。
コメント下さった某様、某様、そして妄想が降りるのを祈って下さった師匠。
待ってると言って下さってありがとうございますー
・・・こんなんでもええのでしょうか?残暑見舞い(遅い)ということで一つ