「行かねえよ」
新聞から顔も上げずにディーンが言い、サムは顔をしかめた。
「ディーン」
「お前も凝りねえなあ。弁護士だの議員だのぞろぞろ来るパーティーに俺が行ってどうすんだよ」
「別に弁護士ばっかりじゃなくて、友人とか、その、恋人とかも来るよ。それにそんなに堅苦しいパーティじゃないしさ」
「俺に言わせりゃガッチガチにかてえよ」
「・・・でもせっかくの週末なのに」
そのせっかくの週末に半分仕事のようなパーティーを入れたのはお前だろ、という言葉をディーンは飲み込んだ。
新米弁護士に顔つなぎの機会が重要なのは当然だ。だが、
「お前が俺の食い方やレディ達と話すのをあれこれ言わなければな」
そう言うとサムは眉をひそめてむっつり黙り混む。
ディーンとてパーティーは嫌いではない。何度かサムに引っ張られて顔を出したそれは、ディーンからしてみたらはっきりと仕事のための情報交換が目的の会だ。
それでもさっぱり理解できない部類以外の話題がないわけでもないし、仕事の話に熱中する片割れがいればそれに退屈するパートナーもいる。だからディーンも法令だの条例だのの話に熱中するサムから離れて奥方達などと楽しく話をしているわけなのだが、そうするとこれまたサムの機嫌が悪い。
「わからなくても一緒にいる人たちもいるだろ」
「ありゃ夫婦だからだろ馬鹿」
拗ねたでかい男に呆れ声が出るが、サムの眉間にはますますシワが寄る。
ディーンからしてみれば異業種のルームメイトが何度も顔を出すだけでも結構無理があると思える雰囲気なのだ。そりゃずっと一緒にいる連中もいるが、それこそ夫婦かカップルだ。サムの隣にずっとディーンが引っ付いていたりしたら、違和感ありありだ。
サムが二人の関係を隠す気が無いのは知っているが、ディーンとしては別に吹聴したくもない。
「とにかく、俺は遠慮するから、お前もこっちのことは気にせずに楽しんでこいよ」
「楽しめるわけないだろ、ディーンが来ないのに。」
「どっちにしろ行かねえ」
「・・・わかったよ」
サムはむっとした顔で立ち上がり、リビングを出て行く。こんなやり取りが最近珍しくなくなった。
上着をしまおうとクローゼットを開けると、ディーンの愛用のデニムや革ジャケットの隣に、明らかに質の違うサムのスーツやコートがかかっている。それからサムがディーンにと揃えたシャツも。「付き合わせるから用意するよ」と渡されたものの滅多に袖を通さない上質なそれに苦いものを感じて、ディーンはクローゼットを閉じた。
サムは事務所で順調にキャリアを伸ばしている。結構なことだ。ハイスクールの頃から眉間にたてじわをよせて小難しい勉強をしてきたのが報われたのだから。
ディーンもエンジニアとして上級資格を一つ取り、そのうちさらに上級を目指そうと思っている。今年ではないが。
それぞれが好きで選んだ職業だし、それぞれのライフスタイルだ。ディーンはそれに引け目を感じたことはない。
だが、いつからなのだろう、時々ひどくいらつきを感じる。
家賃はともかく、食費は折半だ。サムが趣味のように買ってくるバカみたいな値段の惣菜までは知らないが。
いつからだろう?
ディーンの脳裏にふと数ヶ月前の光景が浮かんだ。
・・・
陶器の湯船に頭を預けて見上げると、視界160度以上が星空だ。
風が吹いて周囲の樹がざわざわと揺れる。
植え込みの根元に設置された淡いライト以外は周囲を照らすものは無く、空と樹しか見えない。まるで自然の森の中にいるような錯覚に襲われるが、ここは山間のホテルだ。敷地内にはヴィラが他にも点在するはずだが、庭につけられたジャグジーからは他の宿泊客の気配は感じられない。
「どうここ?好きだと思ってさ」
斜め上から声がして振り替えると、部屋からサムが庭に出てきたところだった。
フリッジから出したビールを、ジャグジーに浸かるディーンの額に押し当ててくる。
見上げる顔は、逆光のせいか妙に見慣れない感じだ。いつの間にか頬の丸みも削げて、男くさい顔になっていたんだと今更思う。
「あー、いいんじゃね?すげーよな。ここまで豪華でなくてもいいんだけど」
笑いかけるのに妙に努力が必要で、ディーンは戸惑う。
自分でもなんでこう居心地が悪いのかわからない。
夏の休暇で、久しぶりに二人で過ごしているというのに。
ここのホテルを取ったのがサムだからだろうか?
とてもディーンに払える(払う気がする)値段ではないので、ディーンは往復の運転とガソリン代を負担することになっている。
だが昔、金持ちの友人がえらく豪華な別荘に招待してくれたことがあったが、こんな風にモヤモヤせず、遠慮無しに楽しんだ覚えがある。仮に父であるジョンが仕事が大繁盛したとして連れて来てくれたとしても、多分豪華な設備と高い料理を単純に喜ぶだろう。
なぜ、サムからだけこんなにひっかかる。
似合うよね、と届けられる着慣れない衣装。
気持ちばかりの負担で足を踏み入れる豪華なホテル。
サムの同僚達のパーティで「彼、あなたに夢中みたいね」と囁いて笑ったどこかの女の赤い唇。
水音に意識が今に戻った。
週末のアパートのリビング。サムがシャワーを使う音がする。
背丈が変わったわけではないが、ここのところ随分と筋肉が付き、体格でディーンを上回るようになった。気付けば夜の位置も当たり前のようにサムがディーンに手を伸ばす。多分、シャワーの音が止んだその後も。
俺は。
苛立ちが不意に形を持った。
(続く)
はい、なんかグルグルしてる兄・・・じゃないや兄貴分です。
次こそは出て行く夜を書こうじゃないか自分よ。分かりづらくってすみません!!