ヘトヘトになるまで働いてサムが帰宅すると、部屋の中は暗かった。
「ただいま」
何となく習慣でそっと声をかけ、それが不要なことに気づく。
部屋は整頓され、床に転がるものは無い。
だが、それを上回るほど足は重くて、引きずるようにリビングに入る。
テーブルの上にハウスキーパーが作った夜食が置いてあるのが見えたがさっぱり食欲はなかった。
室内のシンとした空気は朝から今までこの空間で動くものがなかったことを示していて、ふと心細くなる。
リビングの電気をつけ、上着を脱ぐ。いつもの習慣でダイニングテーブルに腰掛け、だが夜食を取る気がないことと、夜食を取りながら話しかける相手が不在なことに気づいた。
どっと疲れが増した気がして、椅子にもたれて天井を仰ぐ。事務所の先輩から教えてもらったこの家具メーカーは、アンティーク調のデザインに見せながら、人間工学の粋を尽くした設計になっていて、デスクワークで強張りきった身体に負担が少ない。
ディーンは家具にしては桁外れのその値段にこそ目をむいたものの、その効果に関しては、
「わかんねーな」
と感動が薄かった。
「高い金稼いでも、座りっぱなしで高い椅子が要るんじゃしょうがねーな」
嫌味でもなんでもない、彼の素直な感想にカッとしたのは、今から思えばサムに余裕が無かったからだ。
ただでさえ少ない二人の時間を、とげとげした会話で浪費してしまった。
タイも解かずにベッドに倒れこむ。セルフォンを片手に握り締め、そのまま少し眠った。
手の中の震えと、着信音で跳ね起きる。
『よお』
耳に馴染んだ低音。
「ディーン」
『まだ仕事中か?』
「まさか」
笑い飛ばしてから、まんざらそれが冗談ではなかったことに気がつく。
自分の生活が随分とディーンのそれとかけはなれたサイクルになっていたことも。
『そっか』
微かに笑みでも浮かべていそうな柔らかい声。お前が好きでやってる仕事だからなと言いつつ、心配してくれているのは知っていた。ぶっきらぼうな振りをして、いつも彼は優しい。
ディーン。
「そっちは?何してたの」
『飯食ってフットボール観てた』
「ビールつき?」
『当然だろ』
カウチに足を投げ出して、食べかすを散らかしながらテレビを見ているお馴染みの姿が目に浮かぶ。
『飯は?食ったのか』
「いや、まだ」
『なんだ、せっかくまともな時間に帰ってるのに。作ってもらってないのか?』
「あるよ。でも何だか食欲無くてさ。普通の時間に腹が減らなくなってるのかも」
『なんだそりゃ』
呆れたような声に、口元が緩む。
ディーン。
『・・ま、ここんとこ早く帰れてて良かったよな』
「うん」
真夜中までは間のあるこの時間に、1回だけコールをくれる機会を逃したくなくて、仕事を切り上げていると言ったら、あんたはなんと言うだろう。
もう何年も一緒に住んでいて、その間のここ数年は家であんたを待たせたまま、仕事ばかりしていた。
(しかたがないだろ。終わらないんだ。)
責められてもいないのにカリカリして、言い訳していたけれど、切り上げようと思えばこんなにも簡単だった。
『そんじゃな。飯食えよ』
「うん」
引き止めたいけど、何を話していいかわからない。
何も言わなくなったセルフォンを放り出し、そのままベッドにうつぶせに倒れこむ。
ディーンがこの部屋を出てから、もうすぐ2週間が経とうとしていた。
続く
・・・てなわけでですね。彼が出てく夜じゃなくて出てった後の一コマでした。
ああ、このもめている辺りは断片的に浮かぶので、浮かんだ順にポツポツアップしていきまーす。
(需要があるかどうかは不明・・・でも私の脳が欲しているから書いちゃう・・コソコソ)