おとーとあにへの3つの恋のお題:食べてしまいたい/おやすみ、可愛い人。/抱きしめてもいいかな
『ボビー、どうしよう。サムがやっぱり変だ』
つくづくと困り果てたような声で電話がかかってきて、ボビーはこめかみにビキビキと青筋が浮き出すのが分かった。
いかん、最近血圧が高いと医者から注意されたところなのに。
子供の頃から知っているウィンチェスター兄弟は、あいも変わらず超常現象とは縁が切れないハンターライフを続けていて、だというのにその片割れがここのところずっと呪にかかったままでいる。
それ自体は極論すれば仕方が無い。ボビーだってひっかかった呪の数を数えれば手足の指じゃ到底足りない。
問題はだ。
困り果て、相手を心配して電話をかけてきているのが、呪にかかっている方だというこの事態だ。
ディーンは控えめに言っても大変大変解呪に非協力的な弟のおかげで、未だに自分の方を弟だと思い込んだままでいる。
「今度はどうしたんだ」
頭に上った血を収め、努めて穏やかな声を出す。なにせ相手は呪の最中、いわば患者だ。だが、受話器の向こうでハッと息を呑む気配がしたと思うと、
『やっぱりいい』
と短いささやきを残して電話は切れた。
ああ、またか。とボビーは思う。どうせサムに隠れて電話していたのが見つかったのだろう。
呪にかかっている上に、兄弟の心配をする苦労性のディーンの状態を思うと胸が痛むが、少なくともサムがディーンに危害を加える心配はないので、電話は切れたまま放っておくことにした。
ボビーだって疲れるのだ。
・・・・・
「ディーン、何やってたんだ」
「別に」
サムが声をかけると、ディーンは短く答えてセルフォンをジャケットにしまう。その顔には分かりやすく『不安です』と書いてあって、サムは思わず苦笑する。自分を弟と思い込んで以来、ディーンの感情は随分と分かりやすい。いや、前も別に複雑ではなかったと思うのだが、見え透いたごまかしや強がりが多かったのだ。そしてサムがそれを指摘しても、決してそれを認めないディーンの兄としての面子や意地がいつも腹立たしかった。
だが、今のディーンはサムの態度に不安を感じても、それを隠そうとはしていない。
だから、サムも素直にその不安を軽くしたいと思うのだ。
「また、何か不安にさせた?」
訊くとディーンはちょっと目を丸くし、気まずそうな、でも期待したような顔をする。
話せば、サムが分かってくれると信じている顔だ。
ああ。
信じて頼られるって素晴しい。
思わず顔が土砂崩れを起こしそうになるが、前にディーンの目の前でそれをやったときには、青い顔で聖水をかけられたので耐える。ディーンに心配をかけたくはないし、聖水だって貴重なのだ。
そう、それにサムは弁護士を志していたのだ。弁護士に必要なのは演技力。そーだ!なんて可愛いんだと目の前の相手を力の限りハグしてやりたい気持ちであるとしても、耐えなければいけない場合もあるんだ。
頑張れ、理性。そーだ、ここは法廷だと思うんだ!
「・・・この間お前、俺に『遊園地行こうか』って言ったろ」
「? ああ。言ったね。ディーンはいらないって言ったけど」
「おかしいだろうが!30越えた男兄弟で、何でいきなり遊園地だよ。調査でもないって言うし」
うーむ。そんなに心配をかけたか。
サムとしては何かにつけ感動的に素直な反応をするディーンを見るにつけ、子どもの頃にさっぱり満たされなかっただろうアレコレを今更ながら少しでも埋めてやりたい気持ちに襲われてのことだったのだが、さすがに今更過ぎたようだ。
「そっか、ごめん」
なのでここはストレートに謝る。弁護士は必要な時にはすぐ謝罪するのだ。そして狙い通りにディーンは落ち着かない顔でそわそわする。
「いや・・別に謝れってわけじゃ・・」
「ここのところ狩がひと段落して余裕があっただろ?だからつい、ディーンが子どもの頃できなかったことができたらなあって・・」
兄には言えないセリフだ。どんなくそみそな反論が返って来るかわからない。だが、弟のディーンはこんな時サムを攻撃しない。ちょっと困った顔をするだけだ。
ああ、順序が違うだけでなんであんたそんなに態度が違うんだよ!
サムはもう何十回目かになるか分からない雄たけびを心の中で上げる。
「あのさ、兄貴」
困ったなあ、という表情を素直に顔に浮かべたディーンがそっと話しかける。身長差からの単なる必然なのだがごく自然に上目遣いだ。
あーーーーーーーーーかわいい。
食べちゃいたいとかっていうのはこういう時に使う言葉に違いない。
だが、弁護士は耐える。ここは動いちゃいけない場面だ。
「なに?」
サムなりに、せいいっぱい兄らしく尋ねた。
と、ディーンがにやりと笑う。
「どうせ遊びに行くなら、『今』楽しいところにいこーぜ。昨日バーで聞いたんだけど、すんげえいい女のいるストリップバーがあるって・・・」
「却下。」
いかに可愛い『弟』のリクエストでも、聞けないものはある。
弁護士としてはやや問題なことに、十分吟味せず脊髄反射で切り捨ててしまったサムは、ちょっと心配になってディーンの顔を見る。
が、意外なことにディーンはその返事を聞いた途端、心底ホッとしたように笑った。
「良かった。いつものサムだ」
「・・・・・」
サムの理性はもろくもちぎれ、ぎゅーぎゅーと抱きしめられた挙句クルクルモーテルの部屋の中で振り回されたディーンは、盛大な悲鳴を上げることになった。
ちゃんちゃん
・・・・・・またか。お題がほとんど意味をなさない。
後戻り無しの一発書きって恐ろしいわ。
久々の弟兄がこんなですみませーん・・・
[23回]